どんぐり雑感
 読書室


西澤保彦

〜安楽椅子の軽業師〜


 ことの起こりは、某模型雑誌の広告ページ。
 着物に袴、リボンを結んだ三つ編みへアーという、レトロで可愛らしい女の子の完成塗装済みフィギュア。
 そのそばにあるイラストは…どう見ても、水玉螢之丞氏の手になるものに他ならない(どんぐり2号はこの人のファンなのです)。
 なんじゃこのキャラは、とさらにその周囲に表記された細かい文字を熟読すると、この女の子は「神麻 嗣子(かんおみ・つぎこ)」という名前らしい。「超能力問題対策委員会、略してチョーモンイン」なる組織に所属するミステリアスな美少女、ということは見て取れた。
 で…そもそもの出典がわからず、その記事を読み返すこと数度。

 著者名は「西澤保彦」、出典は講談社ノベルス…って、小説かい!

 てっきり、漫画かアニメかゲームからのキャラクター展開か、と思っていたので、意外や意外。
 和モノのミステリにとんとご縁がない状況が続いていて(読むとしたら文庫だし)、このへんの動向には疎かった20世紀末当時。

で。とりあえず、その「チョーモンイン」シリーズを読んでみようと、本屋に行く。
 正確なシリーズ名は「神麻嗣子の超能力事件簿」。
 この時点で出ていたのは「幻惑密室」「念力密室!」「実況中死」の三冊。
 ただし。
 「念力〜」は短編集で、厳密に時系列に添った読み方をしようと思ったら、「念力〜」の一本目を読んでから「幻惑〜」を読み、そのあと短篇を二本読んでから「実況〜」を読み、という順番になるらしい。
 ちょっと冒険ではあったけど、水玉ファンとしてはどうにも気になってしょうがない。結局、三冊を一気買いして、「あとがき」にある時系列に添った読み方をすることに。
 …結果。

 大ハマリ。

 分類上は、「SFの風味をつけたミステリ」。系列としては、安楽椅子型。
 ミステリの枠組みの中に、通常の常識とはかけ離れた要素が入り、その要素を踏まえた上でフェアな推理を展開しなければならない、というこのパターンは、懐かしのランドル・ギャレット『ダーシー卿』や、アシモフの『R・ダニール&刑事イライジャ』シリーズを髣髴とさせるもの。

 『ダーシー卿』の《魔法》、『R・ダニール』の《惑星単位の生活慣習の違い》のような「その作品特有の縛り」は、このシリーズにおいては、タイトルどおり『超能力』だったというわけで。
 例えば、念動力でドアの鍵をかけ、部屋を密室状態にするとか、別の場所から自分の分身を操るとか、時間を飛び越えるとか。
 そんな要素が入った状態で、犯罪が起きる。

 話によって、焦点は「超能力者を探せ」か「犯人を探せ」に分かれるけれど、基本的には「すでに起きた事件」を題材に、主人公の作家「保科匡緒(ほしな・まさお)」と「能解匡緒(のけ・まさお)」警部、そして「チョーモンイン」から派遣された相談員と呼ばれるひみつエージェント(笑)「嗣子ちゃん」のトリオがディスカッションを重ねて真相を究明する、というスタイルはほとんど変わらない。

 その後、番外編の長編「夢幻巡礼」と短編集「転・送・密・室」、「人形幻戯」が出たものの、実はこのシリーズ、巻を追うごとに、謎が解明されるどころかドンドン深まっている。

 なにしろチョーモンインという組織じたいにカナリの謎があるようで、その一方保科・能解のダブル匡緒の恋愛はなかなか進展せず、保科の元妻・聡子がまた微妙にからんでくるし、嗣子の同僚(ライバル)響子も登場、ついでに保科の担当編集者阿呆梨稀(あぼう・りき)や、能解の部下でありながらシリアル・キラーという側面を持つ奈蔵など、一癖も二癖もアリソな連中が脇を固めている。

 氏はシリーズのあとがきで、「最終的にはハッピーエンドになる予定」と明言してはおいでだけれど、このキャラクター布陣と「夢幻巡礼」で暗示されている未来図を見るにつけ、はたしてメイン・キャラクターたちの趨勢や如何、という心境になってくるわけで。

 …その中心にいるのであろう、最重要人物たる神麻嗣子は、どーにもこーにもつかみどころのない、無邪気な笑顔を振りまきながら、今日もごはんを炊いているらしいけど。


 さて、「チョーモンイン」シリーズに先立つ、この人の代表的シリーズがもう一つ。
 「匠 千暁の事件簿」シリーズ…あるいは別名、「酔いどれトリオ」シリーズ。
 デビュー作『解体諸因』にその原型を見る、「ビールを愛好する」以外の欲をほとんど持たず、酩酊とともに「妄想」と言いつつ事件の真相に迫る、一応は主人公の『タック』こと匠千暁。
 飲み仲間の『ボアン先輩』こと辺見祐輔、同級生の『タカチ』こと高瀬千帆。この三人に、「彼女が死んだ夜」以降、レギュラーメンバーとして、能天気なおてんこ娘、『ウサコ』こと羽迫由紀子が加わることになる。
 最初に発表された連作短編集『解体諸因』は話によって時系列がバラバラだし、キャラクターも現在のものとはかなり違っているので、とりあえずそれ以降を順番に並べてみると、『彼女が死んだ夜』、『麦酒の家の冒険』、『仔羊たちの聖夜』、『スコッチ・ゲーム』、『依存』、最新刊の短編集『酩酊論処(めいていろんど)』…という順番になる。

 このうち『依存』は、それまで小出しに語られてきた登場人物たちの内面を一度すっかり解体し、表も裏もさらけ出してしまってから、改めて構成しなおした、とでも言うべき作りになっている。
 メインキャラクターの間の関係にはひとまずの決着がつき、一応「第一部・完」といったところ(しかし、『酩酊論処』でチラリと触れられている「その後」の展開が、個人的には非常に気になったり)。

 『解体諸因』のメインテーマが「バラバラ殺人」で、作中にはその遺体をあちこちすげ替えてミスディレクションを誘う、といった要素もあることも考えると、この『依存』の展開には何やら感慨深いものがある。


 西澤氏の作品は、シリーズ物以外にも凝ったものが多く、そのほとんどにSF的要素が導入されている。

 「何の前触れもなく同じ日が9回反復されてしまう」体質を持った主人公が、最初の日に起きてしまった殺人事件を防ごうと奔走する『七回死んだ男』とか、「その中に複数の人間が入ると人格が交代してしまう謎の装置」に入ってしまった男女の間で起きる殺人事件を推理する『人格転移の殺人』、この二つは読んでおいて損はない。
 つーか読め。
 読んで騙されてください。

 余談だが、氏の小説にはもう一つメリットがある。
 話の舞台が日本だった場合、登場人物のほとんどに、非常に珍しい名前がついている。
 珍名奇名、難読な名前に詳しくなれることもまた、請け合いだったりするんだなこれが。

 ついでなので、「西澤保彦的小部屋」の方もよろしく。

▲ 読書室indexへ ▲