どんぐり雑感
シネマ館


「VISITOR」


 これは当初「日本初のフル3DCGIで製作された作品」というふれこみによりWOWOWで一気に放映された、どちらかと言えば俗に言うアニメーション映画のような映像の作品。
 まあフル3DCGIという部分にはほとんど興味がわかなかったが、とりあえず「脚本・伊藤和典」という事なので、当然ある程度の期待感を持って見た訳である。

 で、これが予想以上の大当たりだった。

 ただし人物のCGI部分は、はっきり言ってセル・アニメの方がはるかにまし、というレベルではあったが、見ていてそれすら気にならなくなる程、脚本が良かったし、なにより「久々に本格SF映画を見た」という満足感を味わえた。やはり「映画はまず脚本ありき」の証明だろう。

 この作品を総括すれば、「昨今の堕落したハリウッドSF映画に対する挑戦として、クラークに捧げるとともに、伊藤和典流のバルンガだった」というのが私の意見だけれど、単純に「伊藤版・宇宙のランデヴー」と言ってもいいかも知れない。

 いずれにせよ少なくとも、1950〜1970年代のSFで育った人に対しては、なかなか満足がいく作品に仕上がったと思う。逆に言うと、なぜ今のハリウッドはこういう本格SFを作れなくなってしまったんだ、と怒りさえおぼえる(原因は判っているけれど、ここで書くには紙面が足りないし、ちょっとヤバイ発言にもなる可能性がある)。

 でも、今のハリウッド映画で満足している人々は(何も考えずに楽しめればそれでいい、という人の事)、こういう良質のSFでは楽しめなくなっているかもしれない。つまり思考する事や基本知識を要求されるような展開で、徐々にテンションが上がっていくようではカタルシスを得られないのでは、と思う。

 その証拠として、現時点ではこの作品を手放しで褒めている人がほとんど見当たらないという事実がある。しかもその批判レベルが内容についてではなく、「映像としての出来が良くない」という方向での論調になっており、まるで最近のゲーム界を見ているような感じがしてしまう。
 私に言わせれば、ゲームなんて楽しく遊べるようにできていれば、映像の出来はあまり関係ないと思っているのだが、どうも世間一般はそう思っていないようである。想像力で映像を補完するという事ができなくなっているのだろうか。

 したがって批判する人々は「きれいな映像」にこだわるあまり、この作品のストーリーを読み取る事ができなくなっている訳である。

 ただ、一般の人が映像にこだわった発言をするのはかまわないのだが、少なくとも映像産業に関わっている人がその「本当の成果」を評価できないのは、異常なのではないかとも思う。
 つまり「7人で11か月の製作期間」という布陣で完成させた事、しかもこういう作品を商業ベースに載せて完成させるための実験が成功した、という事実を評価できない。悲しい事だ。

 まあそういう事を抜きにして考えても、現在の日本でこういった本格SF映画を作ったという事は、もっと高く評価するべきで、個人的には星雲賞を与えてもいいと思っている。

 しかし現在の映像系の進歩を見ると、最近のCGIでのイメージはどんどんリアルになっているので、いずれは人物描写も実写と変わらないところまで行く可能性もある(技術的な問題ではなく、経済的な問題で、である。そのへん勘違いしないように)。その時に問われるのは、結局は脚本の出来不出来だと思うのだが、そうするとCGIで映像化する意味というのも充分に考える必要があるだろう。

 で、ふと思ったのだが、フルCGIによる人物創造での最大の利用方法は、実は時代劇が最適なのではないだろうか。

 つまり現代の若者は昔とは大幅に体型が変化しており、これによりリアル感が出せなくなった武士を撮るために、フルデジタル化した侍を利用するのである。これは我ながらいい考えだと思うのだが‥‥。
 達人の剣の動きも含めて、実は時代劇にこそフル・デジタルの利点があるように思えるのだが、でもこんな企画、今の日本の映画界じゃ通らないだろうしなぁ‥‥。

 それはともかく、この映画を見てつくづく思ったのは、前述したが「映画はまず脚本ありき」だという事。昨今の傑作、名作と呼ばれる作品は、基本的に脚本の段階で良くできているし、つまらないと言われる作品は、やはり脚本レベルでつまらない、というより破綻している事が多いと思う。

 この作品を見て、そういった事を再認識して欲しいものだ。特に近年希にみる「本格SF」なのだから、その意味でも貴重な作品だと思う。そう、あくまで「本格SF」であり「ハードSF」ではないので念のため。
 やはりイメージとして、クラークや初期のホーガンを連想してしまう。

 とは言え、この作品は「サラリーマンの宇宙戦争」という思い付きが発展していったというから、当然欧米の「本格SF」とはかなり毛色が違うので誤解のないように。さもないと冒頭の「地下から発見された宇宙船の中にマスコットがある」というシーンでかなり悩む事になるかも知れない。
 ただ、想像するにこの部分は確信犯的な映像だとは思っている。これは「初期の日本SF」の雰囲気(特に小松左京)がとても良く表れていると言えば判る人には判るであろうし、判らない人には判らない、よなぁ。

 ところでこの作品について、内容の出来とはまったく関係ないのだが、トータルで90分もないのにLDもDVDも3本に分けて発売するとは、かなり外道ではないだろうか。9800円でいいから一枚に入れて欲しかったと思ったのは私だけではないだろう。
 なまじ脚本の出来がいいだけに、一気に見たいと思うし、見せるべきだと思うのだが‥‥。

(文責・どんぐり1号)


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