どんぐり雑感
 読書室


矢崎存美

〜ぶたぶたに遭いたくて〜


 ファンタジーや児童文学の一ジャンルとして、「異界からの訪問者」というのがあります。
 まあ、たとえばどこかの星からの来訪者とか、異次元からの使者とか、そのたぐい。

 そのテの物語において、多くの場合、主人公はその訪問者に転がり込まれ、面倒を見るハメになってしまった不運な人間だったりします。
 そしてまた、ありがちなパターンとして、その訪問者は主人公以外の人間には存在を信じてもらえなかったり、逆によんどころない事情で存在することをひた隠しにしなければならないものだったり。

 映画で言えば、「E.T.」とかあのパターンですな。

 にもかかわらず、その訪問者はなにしろ「異界」の存在なので、色々非常識な行動を取ったり、超常的な能力を使っちゃったりして主人公をふりまわし、窮地に陥れてしまう、というのもまたパターン。

 児童文学だと、子供である主人公は親にも言えない「秘密」を抱え込んでしまうことになり、約束を守るために対外的にはどんどん「悪い子」になってしまう、というパターンも多くて、実はこのテの話、個人的にはあまり納得のいかない展開になることも多いんですが。
 ちょっとそのあたりをヒネってあって、意表を突かれたのが、「アイアン・ジャイアント」でしたが…まあ、それは別の話。

 さて、「ぶたぶた」。

 真面目に日々仕事をこなし、相談ごとがある人にはちゃんと話を聞いてあげ、お酒を飲めば酔っ払う、ごくごくフツーの生活を送っている「山崎ぶたぶた」氏。
 たった一つ、フツーと違っていたのは、奥様は…もとい、ぶたぶた氏は「ぶたのぬいぐるみ」だったのです。

 最初の連作短編集「ぶたぶた」では、主人公のぶたぶた氏は毎回職業がかわっています。
 あるときはベビーシッター、またあるときはタクシーの運転手。そしてまたあるときは、凄腕のシェフ。
 主人公である語り手は毎回変わり、いずれも目の前に現われた「生きて、動いているぶたのぬいぐるみ」に混乱するけれど、やがて彼の穏やかで真面目な人柄(ぶた柄?)に触れ、信頼を寄せるようになっていきます。
 各話は独立していて、それぞれの話に登場する「山崎ぶたぶた」氏はまったく別物の存在なのか、と思いきや…。

 巧妙な伏線がさりげなく張られていたりして、最終章を読んだあと、あわてて第一章を読み直したのは私だけではない、でしょう、たぶん。
 うわあ、やられた、と思いつつ、新たな展開を予感させる希望を含んだ幕切れ。このラストの一文を読むたびに、何故かジワっと涙がわいてくる、というのも不思議な話です。
「タクシーのドアが開いた」←ネタバレではないけど、一応伏せました。読みたい方はドラッグで
という、それだけの描写なのに。

 続く「刑事ぶたぶた」と「ぶたぶたの休日」は、最初の「ぶたぶた」とは直接のつながりはないけど、基本的なテイストは同じです。

 で。
 この一連のシリーズで、いいなあ、と思わされるのが、ぶたぶた氏ご本人もさることながら、彼の周囲の人々が実に「いい人たち」だ、ということ。

 生きたぬいぐるみと遭遇して、困惑・思考停止しかかる主人公を、笑うでもなく叱るでもなく、「びっくりしただろうけど、すぐ慣れるよ」と落ち着かせてくれる『刑事ぶたぶた』の警察関係者。
 突然レストランに現われた「ぶたのぬいぐるみと人間の妻・娘」という家族連れに驚き、好奇心満々ながらも、礼儀を守るスタッフとお客たち(『休日』ラストの合唱シーンは、これまたちょっと泣けます)。

 「異界のもの(厳密には違うと思うけど)」が、いかに「普通でないか」を描くのもファンタジーだけど、逆に「ごくごく普通に生きている」というのを描くのもまた、ファンタジーなのかも知れないなあ、と思ってしまったことでございました。


 とりあえず、一連の「ぶたぶた」シリーズ読了後、ぶたぶた氏に会いたくなったあまり、オリジナルの「ぶたぶたモドキ」を作ってしまったことは『西澤保彦的小部屋』にもあるとおりです。

 ぶたぶた氏のモデルになった、『モン・スィユ』社製の「ショコラ」というぬいぐるみは長らく製造中止になっていたのだそうですが、このたびめでたく復刻されたのだそうで、偶然その一体を入手できた、というのも同じく『小部屋』にあるとおり。
 ただいま12月、間もなく文庫書きおろしの「クリスマスのぶたぶた」が出るそうな。
 ソレに合わせて、サンタ衣装のぶたぶた氏でも作ろうか、と思っています(注・この文章を書いたのは2001年11月。…2002年11月現在、「サンタ衣装のぶたぶた氏」はいまだ作られていなかったりするのですが…)。


 …ところでこれは余談なんですが。
 ぶたぶた氏の奥様のビジュアル、なんとなく「あずまんが」の「木村先生の奥さん」で想像してしまった私はヘンでしょうか。

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