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2003年06月30日(月) ロケットは楽しい

 今日は月末で忙しい。忙しいのにみんな早々に帰ってしまったため、結果として電話だのなんだのを一人でこなさなければならない。仕事をするために残っているのに自分の仕事はまったく出来ず、いらない仕事だけがどんどん増えていく。

 電話は2回なるまでに取れ、と言うが、電話というのは人の仕事の邪魔をしているのである。注文をくれる客が相手の仕事とは違うのだから、自分の仕事を潰す必要など、本当はないのである(そもそも支店の連中は、もっとメールを使えよ)。
 電話というものを一律に扱うのは間違いだと、なぜ気づかないのだろう。

 とにかく、これでは本当にシャレにならないので、途中だが諦めて帰宅する。後は明日以降なんとかするしかあるまい。

 で、帰宅後テレビを見ていたら、民間の大気圏外飛行に懸賞金が出ているというネタをやっていた。二週間で二回の再飛行をいなければならないらしいから、かなりハードルは高い。
 その中で、自力で離陸せずに高空まで他機に引いてもらい、そののち自力飛行を始めるというタイプの機体が紹介されたのだが、これがまるでX24A、というかM2-F2そのものであった。しかもそれを引いて離陸するのがF-102なのである。なんか凄いものを見せてもらったなぁ。

 しかもこれがすべて民間の物というところが、アメリカの恐ろしいところか。確か現在はF-4あたりまで持っているグループがあるはずだ。もちろん完全に飛行できるのである。
 まあジェット機のキットなんかも売っている国だから、別に驚くような事でもないのだろうが、羨ましいぞ。
 
 それからロケット打ち上げをしている連中のネタでは、V2モデルを飛ばしているのもあったが、良く考えれば恐ろしい事ではある。
 まあロケットの打上げというのも意外と難しく、私も以前固形ロケット燃料を利用した物を打ち上げた事があるが、通常のV2型はキレイに上がるのだが、シャトルタイプはだめだった。
 あのキットがもう少し安ければ、もっと遊びたいのではあるのだが。

 ところで全然関係ない話題だが、最近山形では大量のサクランボが盗難にあっているが、盗んだ犯人はそれをどうしているのだろう。
 あれだけの量だから、まさか食べている訳でもないだろうが、売っていればある程度は足取りがつかめそうなものである。そもそもいつまでも保管しておけるような物でもないだろうし、どうしているのだろう。
 ちょっと気になっているのだが、続報がない。やはり未解決、という事になるのだろうか。



2003年06月29日(日) EL&Pのリミックス

 EL&Pのリミックス・ヴァージョンの「リ・ワークス」というアルバムが出ているらしい。そして7月にはYESのリミックスも出ると言う。
 なんだかなぁ、という感じではあるが、やはり聴いてみたいものである。特にEL&Pは元の曲が結構ポップな部分を多く含んでいる(と思う)ので、料理の仕方によっては、かなり面白いものになる可能性がある。そういう意味ではYESより一般受けしそうなのだが、やはりネームヴァリューで負けてしまうか。
 まあ一応はキース・エマーソンも製作にタッチしているらしいから、極端な駄作にはならない、と信じたい。

 なんて考えながらターレコードに行ったら、とりあえず「リ・ワークス」があったので、買ってしまった。やはりEL&Pというと、どうでもいいような物でもついつい買ってしまうのである。
 だが、三枚組み3,000円である。いくら今は落ち目のEL&Pとはいえ、この価格と言う事は中身の想像もつこうというものだ。それでいて限定だという事は、メーカーもあまり売れないと考えているのだろう。買うのは私のような物好きだけかもしれない。

 しかしキース・エマーソンの解説を見ると、アレンジはかなり過激だという事を書いているが、この程度では過激と言えないだろう。もっとノリのいい物を期待していたので、なんというか、平凡だと感じてしまった。それとも今のリミックスというのは、こんなものなのだろうか。
 まあ、とりあえず珍品という事で…。

 ところで今回もケースの中の爪が折れていた。もう交換に行くのも面倒なので、次からはその場で開封しようと思っている。もうそれしかあるまい。
 やはりいくらタワーレコードと言えども、所詮イナカの店という事なのだろうか。こんなに度々壊れているのに当たるようでは、商品管理のスキルが充分ではないのかもしれない。
 はっきり言うが、イナカではバイトも正社員も、客商売のスキルは著しく低いのだ。だからこそちゃんと教育していないと、いずれ客は離れていくのである。

 ついでなので「エニワンズ・ドーター ライヴ 1980-1983」を注文できるか聞いたところ、ディスク・ユニオンの通販オンリーではないか、という答えだった。本当か?(ちなみにここのスタッフなる人物は、エニワンズ・ドーターを知らないようである。所詮ドイツのマイナー扱い、という事か)
 ま、そういう事なので通販で頼むしかない訳だ。やっぱりイナカは余計な費用がかかって不便である事だよなぁ。



2003年06月28日(土) 映画を観るのも頭を使う

 隣町にあるシネコンにおける今日からのタイム・スケジュールを見たら、「ソラリス」の夜の部がなくなっていた。「ミニミニ大作戦」は辛うじて昼一回夜一回である。
 結局読みは当たった訳で、一週間以内に「ミニミニ大作戦」を観に行かないと、多分来週には終わるだろう。かくして「マトリックス・リローデッド」を観に行くのはもう少し先になるのであった(終わったりして…)。

 しかし本当は「チャーリーズ・エンジェル・フルスロットル」もちょっと観てみたい。なにしろアレックス(ルーシー・リューがやってる役ね)の父親が登場し、それがなんとジョン・クリースなのである。ここだけは是非見たい。絶対シリアスな演技だけをする訳がないのだ。
 まさかシリーウォークをする事はないだろうが、なんとなくフォルティ・タワーズのような演技になるのではないかと期待しているのだ。

 ところで、模型雑誌の新製品コーナーを見たら、フジミの1/700海底軍艦ドック付きモデルが出るとの情報が載っていた。「ノーマル」「アルミ削りだしのドリル付き」「マンダ付き」と来て「海底軍艦 in ドック」で4種類目なのだ。
 一時期のイマイ製サンダーバード2号の様相を呈してきたが、本当に大丈夫なのか。出たら買うけど。

 ドックと言えば、電撃ホビーマガジンという、立ち読みしかしない模型雑誌があるのだが、今月の作例に「フルスクラッチによるバンダイ・エンタープライズ用ドライドック」という、とんでもないものがあった。さぞかしパーツ作りが大変だったろう。
 欲しいとは思うが、絶対に自作はしたいと思わないアイテムである。



2003年06月27日(金) ブラックジャックの26巻

 ブラックジャックの26巻を作ってオークションに出していた人がつかまったというニュースがあった。確かに著作権法違反にはなるだろう。
 ただし内容は、雑誌掲載のみで単行本未収録作品を集め、しかも装丁を25巻までの流れに似せているのだ。あそこまでやれば、むしろ大したものである。値段が安ければ、私だって欲しいくらいだ。
 ファンとしては、これら未収録の物も出して欲しいと思うのは当然なので、研究本という形で出せないものなのだろうか。

 発表当時一番物議をかもしたロボトミーネタも、きちんと状況を説明し、悪意はなかったが世間に誤解を招いたという部分を明記して、その上で手塚治虫の研究本として出して欲しいと思うのは、我々ファンにしてみれば、当然の欲求であろう。
手塚本人が完成度の点で不満だったという作品にしても、一度雑誌で発表されていたのだから、やはりちゃんとした資料として出すべきだろう。

 ここまで評価が確定しているのだから、いまさら本人が不満足だからといって、世間の評価が変わるようなものでもあるまい。むしろきちんとした評価という物には、製作した経緯、文化一般の社会背景、国際情勢も含む社会情勢、本人の周辺、等など時系列できちんと整理していかないと、正しい評価、分析などできるものではないのだ。

 一作だけを取り上げて分析したところで、実はあまり意味もないし正確ではないと言う事が判っていないと、例えばエヴァンゲリオン・ブームの時に大量に出ていた「訳の判らん研究本」になってしまう。あれはまず第一に、時代背景やSF界の歴史が判っていないとダメなのである。その上で宗教でもなんでも持って来ればいいのに、ピンポイントで分析しようとするから、見当ハズレになってしまう。
 ま、それがある程度売れたからこそブームになったのだし、それに関してはどうでもいい事だが、少なくとも手塚の研究にそういういい加減な事をしてはいけない。
 彼本人の個人的評価とは別に、日本の文化を語る上で、きちんとした研究対象になっている事は間違いないのだ。



2003年06月26日(木) ソラリスは愛の夢を見るか

 「ソラリス」を観てくる。
 先週始まったばかりだが、全然人が入っていないというので、打ち切りの可能性もあるからだ。しかし館内に入ったら、私の他に6人いて驚く。てっきり貸切状態だと期待していたのに。

 しかし言われるほどひどい映画ではない。監督のスティーヴン・ソダーバーグはSFに興味がないそうなので、こじんまりとであるが、きれいにまとまっていると言っていいだろう。これは90分という長さが正解だったのかもしれない。
 2時間を越えるのが普通になってしまった現在、ちょっと損した感じはするが。でもあの長さがアメリカでこういうテーマを見せる限界なのかもしれない。アメリカを意識しなければ、2時間でも良かっただろうに。

 映像は、冒頭からやたらと雨が降っている。やはりこれは涙のメタファーか。タルコフスキーを意識したのかも知れないが、街中で水というとどうしても雨になってしまうのは仕方がない。
 ただしSFでこれをやると、結局は「光があるブレードランナーの世界」になってしまう。

 ところで演出の問題なのだが、被写界深度の浅さは、ちょっと見ていてつらい。多分ケルヴィン本人の視界という意味合いなのだろうが、映画であるからあそこまで浅いと、画面が良く判らないし、パンすると一気にぼやけてしまう。それでなくてもジョージ・クルーニーが強調されて、少し鬱陶しいと感じる事もあるくらいだ。

 また宇宙船のシーンは、あきらかに2001年を意識しているのもいただけない。特にコクピットはモロにエアリーズである。だがスペースオペラではないのだから、こういうあからさまな模倣は避けるべきだったろう。シリアスなテーマでこれをやられると、なかなか映画の中に溶け込めない。

 テーマは結局、キリスト教の原罪や贖罪だとはっきりしているから、過去の「惑星ソラリス」や「ソラリスの陽のもとに」とはまったく異なるのだが、話の流れは同じである。ラストは、「惑星ソラリス」を知っていれば、当然ソラリス上だろうというのは予想されるが、さすがにもう一捻りしてあった。
 だがあれではクローンの記憶であって、本人という物を無視している事になる。ルパンのマモーみたいなものだ。それともロビタか?
 少なくともこのラストでは、ソラリスの海がこんな事をしてどうする、という感じがしてしまう。

 あと、こういう事を書くと反感を抱く人がいるかもしれないが、女優が美しくないので、ケルヴィンの苦悩に感情移入できない。そうするとなぜ彼があそこまで苦しむのか、という部分に共鳴できないのだ。これはちょっと苦しい。別に若い美人である必要はないが、もう少し「知的な美人」を出せなかったのだろうか。
 やはり映画なのである。感情移入できるかどうかは、かなり重要だと思うが。この映画の場合、女優の役目は文字通り道具なのである。

 ところで、エンデイングまで「映画の題名+映倫マーク」が出ないのも珍しい。私にとっては、こんな作品は初めてである。やはり90分でまとめるために、いろいろと考えてはいるのだろう。



2003年06月25日(水) ようやく秘宝

 ようやく映画秘宝を購入。そばにあったストレンジ・デイズも一緒だ。

 秘宝恒例の読者による吹き出しコーナー、先月のお題は「マトリックスのネオが銃を構えたシーン」の噴出しに入れるセリフなのだが、これが「あれっ、そういやVHDってどうなったんだろう?」である。なんか久々に笑えた。
 実際友人の何人かは持っていたのだが、どうしただろうか。

 しかしよもやLDまで同じ道を辿るとは、想像すら出来なかった。VHDが消え去ったのは映像を観るという行為をメーカーが勘違いしていたから当然だが、LDやベータが消えたのは、やはり納得がいかない。映像的にはあれだけ素晴らしい物を提供するハードだったのに…。
 ま、一般大衆とはそういうものか(おおっ、エリート意識だ)。

 ところでストレンジ・デイズには、当然いろいろな宣伝が載っているが、「エニワンズ・ドーター ライヴ 1980-1983」というCD+DVDの二枚組みが7月に出るようだ。これは是非欲しい。でも地元の店では扱っていないだろうし、タワーレコードでも怪しい。だが通販だと千円くらい余計にかかってしまうらしい。でも是非欲しいところだ。
 その広告の隣には「ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーター ゴットブラフ・ライヴ・1975」なるDVDも載っていた。これも欲しいなぁ。

 さらに「21ST・センチュリー・スキッツォイド・バンド」のオフィシャル・ブートも出るらしい。これはちょっと聴いてみたいが、UKツアー前のリハーサルを収めたもので、Vol.1と書いてある。結局日本でのライヴが出るのかどうかは不明だ。
 まあ現キング・クリムゾンとの比較は意味がないが、少なくともあのメンバーでの「現在の演奏力」は聞いてみたいものだ。



2003年06月24日(火) これも一種のマジック

 ちょっと前のまこさんの「かわいい物理談話室」に、面白いものが載っていた。
  http://mr-31238.mr.valuehost.co.uk/assets/Flash/psychic.swf

 やり方は単純で、二桁の数字を選び、そのふたつの数字を足した数を最初の二桁の数字から引く。例えば74を選んだら、7+4=11なので、74-11=63となる。そしてその「63」の隣にある図形を覚えながら水晶らしき絵をクリックすると、水晶の中にその図形が浮かび上がるのだ。
 やってみると、意外と感心して、つい4〜5回繰り返してしまう。

 冷静に考えれば非常に単純なトリックではあるが、数字と図形の組み合わせというのがなかなかいい所を突いている。最初は誰でも「あれ、なんで?」と思うだろう。
 結局指示された数字が「(10a+b)-(a+b)」だという事に気がつけば、あとは簡単である。実に簡単なのだが、その画面構成と相まって、結構インパクトがある。会社でも皆不思議がっていた。
 手品は最終的に演出である、と言ういい見本であろう。

 しかしこういうのでさえ、魔術だ超能力だと騒ぎ立てる人がいる訳で、自分で考える事をしない人間というのは、本当に猿以下の存在であろう。例え仕掛けが判らないまでも、どうなっているかを考える、あるいは知りたいと思うのが、人間であろう。

 話は変わって。
 庵野が「キューティハニー」を製作するらしい(しかも実写)。これもなんだかなぁ、である。
 元々この人は、最初のうちはいいのだが、気力が持続しない(簡単に言えば飽きっぽい)のだ。過去の作品はすべてそうで、だからみんな後半が破綻してしまう。結局周囲になんとかまとめてもらっているに過ぎないのであって、クリエイターとしては失格である。

 だから唐沢氏の日記で、マンネリズムに関し「庵野秀明に求められていたのは、飽きられるまで『エヴァンゲリオン』の様式を反復し、その反復の中で、あの作品で描き切れなかったもの、発展していくものを見せることだった筈だ。そのマンネリのワクを嫌って、意外性に走り、『キューティーハニー』を撮ることを、世の中の果たして何パーセントの人が求め、うれしがるんだろうか?」というのは、買いかぶりであろう。

 誰が今さら庵野にあの様式を続けて欲しいと思っているというのだろう。あれはたまたま世間が生んだブームであり、傑作なんかではない。なぜなら内容以前に、作品としてあまりに破綻しているからだ。
 庵野自身には今さら決着をつける気もないだろうし、そもそも続ける気なんかないはずだ。

 そして「キューティハニー」を撮るくらいなら、あの「流星課長」をシリーズ化してもらった方がどれだけ楽しいか(視聴率は取れそうもないが)。庵野にはああいう作品こそが似あっていると思う。



2003年06月23日(月) アニマトリックス

 今日は映画秘宝が出ているだろうと思い、たった一軒残った本屋に行ってみる。確かにあったのだが、これまたたった一冊という状況であった。
 ところが、アホ面した女子高生が後ろの雑誌を見るために、目の前で手前に思いっきり引いて折ってしまった。しかも本の上に薄汚いカバンを乗せているし。

 いくら雑誌は多少のヨゴレは気にしないといっても、目の前で真中から折られた雑誌を買うほどお人よしではない。まったく最近のガキどもときたら、自分の物でもないのよくもあれだけ粗雑に扱えるものだ。一体親はどういう教育をしているのだろう。
 どうせ本買う気もないだろうし、そもそも読む知性がないんだったら、本屋なんかに来なければいいのだ。邪魔なだけである。

 ところで今日は「アニマトリックス」を借りてきた。
 一話目はフルCGIによる作品である。いずれモーションキャプチャーを使用していると思うが、やはりどこか動きが不自然である。いや、カメラワークが不自然と言った方がいいかもしれない。物理的にありえないアングルとかいうのではなく、カメラを動かした時の物理的制限(高速で移動した直後に急激にとまり、微動だにしない、というような)を無視しているのがやはり気になる。
 これはむしろ技術を磨くための作品であると考えた方がいい。ストーリーも陳腐だし。

 他の作品は、セルっぽいイメージで、しかもいろいろな絵柄である。だが、これもストーリーにどこかで見たような陳腐さが漂っている。ある意味でステレオタイプと言ってもいい。結局これらの作品は、SFではなく、SFっぽい作品なのだ。

 純粋なSF(ハードSFではなく)という物は、なかなか一般大衆には受け入れてもらえないものである。特に映画は、小説と違い共同作業の産物であるから、一般大衆の支持を得られないと失敗と言われるので、仕方がないのではあるが。



2003年06月22日(日) デジャヴなんかじゃない

 ちょっと用があってトイザらスに行ったのだが、先週あれだけあったサンダーバード2号のプラモがすべてなくなっていた。そして最後の一個と思われる箱を持った10歳くらいの男の子がレジへ向かっていた。さすが教育とはいえ、NHKの影響は強い。
 しかし日曜にサンダーバードひょっこりひょうたん島をやっていて、町では子供がサンダーバードのプラモを買っている…。
 なんか子供の頃を思い出して、ちょっと感動。これぞタイムスリップでなくて、なんだというのだろう。

 そして今日は二冊読み終わる。
 まずは「異星人情報局」読了。
 これはSFではなく、SFの皮を被ったミステリーであろう。「未知との遭遇」を政治的陰謀小説として作り直した、と解釈した方がいいような内容だ。
 したがって、特にこれと言って目新しい事は書いていないし、かなりの部分が推察でしかないところが、非常に弱い。途中から「もしこれが陰謀物だとすると、これはこうなるな」と想像した通りの展開だった。ちょっと残念。
 でもこれはアメリカ向けにリテイクしたらしいので、そのせいかもしれない。いくら売れるからと言って、アメリカ向けにすると大概つまらなくなってしまうものだ。

 そして「小説電通」も読了。
 小説の形式をとっているが、ほとんどが事実に基づいているのだそうだ。確かにいくつかは知っている話もあるので、多分ほとんどが本当の話なのだと類推される。

 ところで、知らなかったが、共同通信という会社は電通から派生した会社なのだそうだ。
 電通の前身である「日本電報通信社」には通信部門と広告部門があり、その通信部門が独立して「同盟通信社」となり、戦後GHQの解散命令が出る前に「共同通信」と「時事通信」に別れた訳である。
 また電通の子会社であるビデオリサーチ社は、放送各社の他に東芝も出資しているという。
 この辺の話だけで「もう、なんだかなぁ」という感じである。どこに通信の自主性と守秘があるのだろう。

 事件関係では実名は出ていないが、サントリーがらみの開高健の話とかはとても納得できるし、実名で出ている政治家や笹川良一あたりの話とかも、冷静に考えると非常に怖い。
 私は以前から、「石を投げれば電通出身の作家に当たる」という言い方をしていたが、実はこれ、単なる冗談ではすまないらしい。ありとあらゆる階層に電通の糸が繋がるようになっているのだ。
 そういう意味で、四代目の吉田社長は先見の明があり、とてつもなく凄い仕事をしたといえる。

 結局、電通の本当の怖さとは、あまりに権力・影響力が強すぎて、周囲が勝手に「こんな事をされては電通に迷惑がかかる」と思い込んでしまうところにある。それにより勝手にあちこちへ圧力をかける結果となるのだ。もちろん頼まれれば、断るのが難しいのは言うまでもない。
 つまり日本には自由経済という物は存在していないのである。

 しかしこれ、小説としてとてつもない欠点がある。
 内容的にヤバすぎて、当時は小説形式でなければ発表できなかったと言う事なのだが、小説としてはどうしようもなくヘタなのである。文章がヘタな上に、安手の経済小説にありがちなステレオタイプ的キャラクターだらけなのだ。
 はっきり言うが、小説としての魅力は、ない。しかもノンフィクションならあの1/5の厚さで済んでいるはずだ。

 それでも、とにかく怖すぎる内容である事は確かである。



2003年06月21日(土) 映画が集中して来る

 うひゃあ、今日から「ソラリス」と「ミニミニ大作戦」が始まっている。えらいこっちゃ。
 この二作は予想するに早期で終わるだろうから、早めに観に行かないと見逃してしまう。特に「ソラリス」はアメリカではコケているとの事だが、彼らの大好きな単純恋愛物に特化しているのというのに。不思議だ。
 これでは、日本でも立ち上がりが悪ければ、持って二週間だろう。ま、いずれタルコフスキー版と比較するためにも(比較する価値があるのかどうかは、それこそ観るまで判らない)、早めに行くしかない。

 「ミニミニ大作戦」もリメイクだが、オリジナルも実に軽快な作品で非常に楽しめたものだ。これを観てミニを買った人も多いと言う。
 今回の映画でそういう事になるかというと、嗜好が多様化した今となってはありえない話ではあろうが、とにかくこれだけの娯楽作品が、リメイクと言えどもそうそうつまらなくなるとは思えない。製作側が余程のバカでもない限りは…(でも、ちょっと不安)。

 そしてまだ「マトリックス・リローデッド」も観てないのであった。

 ところで「サブマリン707R」の予告篇がネット上で配信されているのだが、これが「ブロードバンド」専用なのである。動く707が見たいぞ。一緒に小沢さとるのコメントも流れているのだそうな。悲しい…。
 映像関係はすべてブロードバンドの世の中、である。

 ついでだから、備忘としてニュースを書いておく。
 Product Enterpriseという会社で、近々スペース1999のイーグルUFOのインターセプターをダイキャスト・モデルで出すという。
 イーグルは現在プレ・オーダーを受け付けているが、39.99ポンド、つまり8,000円強である。これに海外への送料を加えると軽く10,000円を越してしまう。どこかで輸入してくれないかな。
 出来は昔の物よりは良さそうなので、期待しているのだが。


 ところで先ほど、テレビを見ていたら「八戸で、老人が横断歩道を渡っている時にはねられて死亡」というニュースが流れていた。その中で警察の見解が「右折で気づくのが遅れたとみて捜査」って、ばかじゃなかろか、八戸の警察は。
 気づくも何も、横断歩道の直前では徐行もしくは停止するのが当たり前であり、ドライバーは何も見ていなかったというのが真相に決まっているのだ。もしかしたら携帯電話でも使用していたかもしれない。
 いやもっと悪質で、突っ込んで行けば歩行者はどくと思っているのかもしれない。私もこの辺で横断歩道を渡っていてそういう経験がある。明らかにこちらを見ているのに突っ込んで来るのだ。

 まあこの県南部というのは、交通マナーの悪さは全国でも有数らしい。某朝日新聞なんかでは、転勤で来た記者が必ずこの件に触れていた。
 だが交通マナーが悪いだけならともかく、交通法規を無視する奴が多すぎるから、恐ろしいのだ。基本的にこの辺の人間は、まずウインカーを点けない。曲がり始めてから点けるのはまだいい方である。一方通行の逆走や交差点の中に駐車するのも日常茶飯事である。恐ろしくて、ヘタな所は歩けない。
 歩けるはずの歩道も、整備拡張するとすぐに駐車場と化してしまい、歩けなくなる。対して警察は絶対取り締まらない。それが派出所の前であっても、である。

 歩行者の事はないがしろにしている、本当に不思議な地域である。多分、県南地区では車が優先であり、歩行者は邪魔者でしかないのだろう。
 警察の意識がそうなのだから…。



2003年06月20日(金) 意味の変化

 朝のニュースで、現在の言葉の用法が間違っているという主旨のニュースを取り上げていた。例えば「役不足」や「確信犯」といった言葉である。

 これが「相殺」を「そうさつ」と読んだり「重複」を「じゅうふく」と読んだりするような間違いだと判りやすいし、訂正も出来るが、例えば「役不足」の意味を取り違えて重要な会議の最中などに使ってしまったら、とんでもない事になるだろう。
 過去、日本語はどんどん変化する事で進化していったのではあるが、反対の意味が同時に存在していては、会話が成立しなくなる。特にネットでは誤解の元だ。

 でも確かに「確信犯」という言葉なんかだと、私も意味は判っているが、わざと間違っている方の意味合いで使う事も多い。こういうのは、常識が判っているという前提で使うからいいのであって、知らない人間の前では使うものではない。
 あるいは「蛇足」という単語も、雰囲気として「駄足」の方がしっくりくるではないか、と使う事もあるが、知らない人がこれを見れば「駄足」で固定されてしまう危険性がある。

 しかし結局はその言語を使用している人の大半が誤用している言葉は、いずれ正式の言葉になってしまう。実際今の辞書をみると、「誤用」という注意書きをつけた上で、一般的に通用している意味を書いているのもある。だから辞書も複数必要になってしまう。
 現在の誤用も、徐々にではなく、ネットなどの普及で必要以上の加速度で急速な広がり方をしているように思う。そういう意味では、昔と違って破壊のスピードも桁違いであろう。

 結局なんにせよ、常識というベースがあって初めて変化が認められるのではないだろうか。
 周知の認識があって、初めて笑いが成立するのと同じである。常識というものがなく、かつ無知な人間にとって、笑いというのは理解の範囲外なのだ。

 何も考えずに言葉が破壊されていくというのもどうか、と思うのは、私も年をとったという証拠なのかもしれない。



2003年06月19日(木) 廃墟

 本屋のようで本屋でない、という店に行ったら、なぜか廃墟の写真集が大量にあった。こないだ行った時には全然なかったのに。しばらく前から廃墟もブーム化してはいたが、なぜ今頃、という感じだ。
 ただ、これらの写真集もまだ一冊しか持っていない私としては、もう少し買いたいところではある。
 まあ廃墟と言えば小林伸一郎氏の写真集がほとんどであり、結局場所的には同じような題材になってしまうが、本によって、同じとは思えないほど違う雰囲気になっていたりするあたりはさすがである。やはり基本的に写真の腕がいいからだろう。

 しかしいい廃墟(というのも変だが)は、やはり人口の多い土地の周辺に点在しているようだ。この辺も含めて、どイナカでは廃墟も意外と少ない。
 例えば廃鉱なんかはいくつかあるが、結局金がないから、長い間残るだけの人工建造物自体がないのだ。物がなければ廃墟など存在できない。
 また工場なども、小さな物しかないので、廃墟として残るだけの風格を持った建物などない。
 そもそも山奥に工場なんか建てる奴などいないのだ。そんな事をしてもすべての面で効率が悪くなるため、自由経済社会では生き残れないと判っているからだ。

 つまり廃墟は、経済活動の名残そのものなのである。

 したがって経済活動に乏しい青森県の近くだと、岩手県の松尾鉱山跡が有名すぎて、他にはないような感じさえするが、なんと天間林にも上北鉱山跡地という物が存在するらしい。
 ただし調べてみると、私の基準では、あまり大した廃墟ではない(実は結構昔から、廃墟が好きだったりする)。
 道もかなり悪いらしく、最近は熊も多く出没するので、大した事がない割には命懸けだったりするようだ。
 しかも、廃鉱から出る汚水の中和作業(つまり地下水の鉱毒中和作業だ)のために定期的に人が入っているので、建物としてはもはや廃墟ですらなく、それでいて機能的にはまだ廃墟になっていないという、非常に中途半端な状態である。やはり松尾鉱山のあたりを探検してみたいものである。

 ところで、廃墟好きは意外と多いようだが、女性には廃墟好きが存在するのだろうか。もちろんどんなものにも例外という物はあるが、あまり廃墟好きだという女性は多くないのではないだろうか。
 というのも、廃墟は秘密基地の延長線上にある物ではないかと考えているからだ。探すという行為がかくれんぼを喚起し、またその過程でノスタルジーをも喚起させてしまう。こういう後ろ向きの姿勢は、男に特有のものではないのだろうか。

 うん、たかが30分で出した結論としては、なかなかいい意見だなぁ(自画自賛)。



2003年06月18日(水) なぜ突入?

 東京で、猟銃を持って立てこもった男に対し突入した警官が、二人撃たれたという。
 しかし人質もなく、相手は猟銃のみの所持で、どうして突入、撃ちあいになるのだろう。今回の事件に関しては、かなり警察側の対応に問題があったとしか思えない。

 だいたい、日本の散弾銃は2発もしくは5発までしか弾丸が装填できない。猟銃だから瞬間的な自殺は不可能だ。その上人質がいないという状況である。
 これでなぜ突入する必要があったのだろう。ニュースでは「これ以上は危険と判断した」などと言っているが、何が危険なのか謎である。よほど現場の指揮官が無能だったのだとしか思えない。
 基本的に日本人は、銃器に対して無知なため、必要以上に恐れるか、まったく恐怖心がないかの両極端である。それは警官とて例外ではない。
 どうも最近の警察は、判断ミスが多すぎるような気がする。

 そう言えばかなり昔、銀行強盗が人質をとって立てこもった時、ある警官がいきなり「何をしている」と飛び込んで射殺された事件があった。
 当時は、本人が死んだだけで済んで良かったと言われたものだ。もし犯人が爆弾でも持っていたら大惨事になるところだったのだ。何も考えずに飛び込んだその警官はバカとしか思えないと、地元では散々言われたものである(ちなみにその警官は、地元の最低高校出身だったため、やはりあの学校はダメだとも言われた)。

 結局日本の警察機構というのは、あのころから何も変わっていないという事なのだろうか。
 いや、仮に現場の人間がいくら優秀でも、上が無能だと何にもならない。警察や軍隊は上からの命令が絶対という組織なのだから、上が無能だと無駄に人が死ぬだけなのだ。
 警察はただの公務員とは違うという事が、判っているのかな。



2003年06月17日(火) バンビとゴジラとAYANAMIと

 唐沢氏の日記を読んでいたら、春風高校校長、もとい春風亭柳昇の訃報に触れていたが、なんとこの人は戦争で指を何本かなくしているのだそうな。いわゆる傷病兵である。しかも高座でそれを悟らせなかったという。なんかすごいな。

 でも私的には、もっととんでもないネタが書いてあった。
 とあるフィットネス用品店の店頭に流しているビデオで、「バンビミーツゴジラ」の絵がずっと流れており、ラストのバンビをどーんと踏みつぶす足が、ゴジラのウロコ模様のナイキのスポーツシューズなのだそうな。
 これにはさすがに驚いた。あんなマイナーな作品をナイキというビッグなCMに使うとは、日本では考えられない。しかも内容か内容だけに、日本のテレビ界ではためらうだろう。
 でも元の作品は、見た人のほとんどが笑うだけに、このCMも是非見たいものである。

 ちなみに私は、去年ようやく「バンビミーツゴジラ」を見たのだが(存在を知ってから約20年だ)、この時一緒に「キティちゃんvsドラえもんvsピカチュウ」等も見たのである。世の中、下には下があるという事を、とても良く理解させられたのであった(もんじゃ焼きがロケットの推進剤…、うぇー、思い出したら気持ち悪くなってきた)。

 ところでまこさんのところに、西新宿のDUST an'DREAMSという店の写真が紹介されていた。何かというと、来日中のジミー・ペイジがブート漁りをしている写真である(6/9の20時だそうな)。
 なんか妙に微笑ましいと思うのは私だけではあるまい。もしここにロバート・フリップ翁が現れたとしたら、きっと暴れる事だろう。

 で、ここのリンク先であるAYANAMIレーベルを見ていたら、マイク・オールドフィールドのブートが意外と沢山あるのが判った。あの唯一の日本公演である「JUST ONE NIGHT」も、ライン録音とかで高音質盤があるのだそうな。私が持っているのは確かにとても音が悪いのだが、さてどうしよう。4,800円というのはちと高いが、魅力的な内容なんだなぁ。
 チューブラーベルズIIIのお披露目ライヴで、正規盤ではカットされているチューブラーベルズが入っているのもあるらしい。映像版はないのか。
 ちなみにどれもCD-Rだが、これってどの位保存がきくのだろう。それも不安のタネではある。でも欲しいぞ。

 あと初来日したクリムゾンの浅草国際劇場のブートもあり、これは私も行ったので是非欲しい。トリプル・ドラムなんか、見ていてとても楽しかったものである。
 あ、GTRのライヴもある。EL&Pは凄まじい数だ。なんか見ていると物欲の塊になってしまうなぁ…。



2003年06月16日(月) きな臭い事件

 先週、北朝鮮に軍事転用可能な「ジェットミル」を売った容疑で、その会社の社長が逮捕されたというニュースがあったが、どうも気になる。
 そもそも「ジェットミル」は、旧ドイツ軍が火薬の威力を増すために、火薬を安全に粉砕加工し密度を増したりできるよう開発した機械である。つまり、対北朝鮮やら旧ココムやらの仕事をしていた人間なら、バカでも軍事転用可能と判るはずなのだ。
 それを輸出に関わる役人どころか公安までもが見過ごしていたなんていうのは、ちょっと信じられない話である。どう見ても、背後に色々な人の圧力があったと考えるのが妥当だ。
 会社の社長一人でできるような単純な事ではなかろうし、怪しい事件だよなぁ。

 ま、こういう事は政治の世界で日常茶飯事なのであろう。北朝鮮から金をもらっていない日本の政治家は、ほとんどいないんだから。
 しかしその金をもらっていない数少ない政治家が小泉首相だというのも、拉致事件に関してはいいタイミングだったのは間違いない。自民党ですらほとんどの人間が、何らかの形でもらっているのが現状なのだ。
 つまり今、いくらアメリカのバックがあるとしても、北朝鮮に対して強い外交姿勢を打ち出せるのが彼しかいないのが現実なのである。国民はこの辺の事をきちんと理解しているのかな。

 なんて少し真面目な事を書いたが、ニュースで春風高校の校長の訃報が流れていた。毒島さんについで二人目だ。いや、校長とは春風亭柳昇氏で、毒島さんとは天本英世氏である。これは「究極超人あ〜る」を知らないと判らないネタだな。

 しかし春風亭柳昇は現役最年長だという事で、やはり気がつけばどんどん他界していくご時世ではある訳だ。「大きい事を言うようですが、いまや春風亭柳昇と言えば、我が国では私一人であります」というネタで有名だが、実を言うと私は見た事がない。この辺には寄席がないのだから、仕方がなかろう。
 やはり庶民の文化は保存できるうちにどんどん保存しておかないと、本当に失われた文化になってしまうと思うのだが…。



2003年06月15日(日) なんとなく無駄な一日

 今日も遊ぶ相手がいないという子どんぐりをつれて動く。おかげで一日が潰れてしまった。しかし友達の少ない奴である。

 車で移動中、見通しが悪いT字路からチャリに乗ったじさまが飛び出してきた。
 本当にどこも見ておらず、いきなり道の真中に出てきたのだ。もちろん急ブレーキで事なきを得たが、あと2秒ずれていたら確実にはねていた。狭い道で避けようがないし、そもそもブレーキが間に合わない。
 そして追い越して後ろを見ると、道の端から再び真中に飛び出していた。後ろにはワゴン車がいて、こちらももちろん急ブレーキである。なんでわざわざ車の前に出てくるのだろう。しかも周囲に注意をまったく払っていない。

 いずれあのじさまは誰かにはねられるだろうが、ああいうのを見ていると一概にドライバーを責められないよなぁ。前を走っているのが判っていれば、それは徐行もするが、いきなり飛び出されたらブレーキもなにもあったものではない。
 年を取ると、はねられるという概念が著しく欠落してしまうのだろうか。

 さて。
 「サブマリン707R」のOVA発売が9/26に決定したらしい。これに絡み、「日経キャラクターズ!」に小沢さとる本人によるダイジェストが連載されると言うので、本屋で確認してみた。
 確かにダイジェストだ。と言うより予告編である。しかも悪い事にあの「サブマリン707F」のような絵と構図である。この作品は私の中ではなかった事にしてあるので、ちょっと抵抗があるが、OVAのメカはオリジナルに限りなく近いようなので、映像はやはり期待してしまう。
 特に、今の段階で発表されている「甲板後部のジュニア収納ハッチ」をオープンした絵はなかなかいい雰囲気である。原作には出てこないだけに、ジュニア収納シーンは映像できちんと見せて欲しいものだ。

 ところでネット上には、707の図面が公表されているが、これは向きが逆である。船舶の図面は船首が右になければならない。この辺で、実際の船舶設計経験者がいないというのが良く判ってしまうが、これは些細な事だ。気にしないでおこう(充分気にしてる?)。

 些細な点ついでだが、OVAの登場キャラクターに「速水あゆみ・速水みゆき」っているんだが、何これ。まさか艦長の娘が二人も出てくるの?
 キャラクターデザインが今風なのは、ご愛嬌という事でいいが、そもそも元の「サブマリン707」に女性キャラは出てこないのだが…。


2003年06月14日(土) ネタがない一日

 13日の金曜日も終わってしまった。伊奈かっぺいは相変わらずどこかでコンサートをやっているのだろうか。
 ところで「新14日の土曜日」って、どんな映画だったっけ。確かホラーのパロディ映画だったはずだが、一度観たのに忘れている。

 そんな今日は出社日だったが、妙に出ている人間が少ない。もっといるはずなのに、おかしい。
 いる奴も、ずっと寝ている奴(静かで助かる)や、やたらと周囲に話しかけたり歌っていたりする奴(本当に迷惑だ)がいる。これが定年近い連中のする事かね(今日のグチ、おしまい)。

 ところで、山村浩二監督の「頭山」が、フランスで開催された「第27回アヌシー国際アニメーション映画祭」短編部門最高賞のクリスタル賞を受賞したという。多分快挙なのだろう。
 しかし彼は、国際アニメーションフィルム協会日本支部の理事をしている。なんかそう聞くと、アカデミーにノミネートされたのはやはり「政治的配慮」ってやつか、と勘ぐりたくなってしまう。
 いや、この人の作風は非常に独創的であり、不思議な魅力があるのは確かである。ついつい見てしまうのだ。だから受賞については大方が認めているだろう。
 でもちょっと引っかかってしまう。結局組織とはそういうものだという頭があるからだろう。

 それから昨日は、グレゴリー・ペックの訃報があちこちに載っていた
 日本ではやはり「ローマの休日」が有名であろう。私はブラッドベリが脚本を書いた「白鯨」が結構好きである。あのエイハブ船長はなかなかいい。
 さすがに「オーメン」あたりになるとあまり目立たないが、この作品の性格を考えると、彼の人気と品格を製作者が必要としたのではないかという気がする。
 初めて悪役をやったと言われる「ブラジルから来た少年」は、日本ではあまりパッとしなかったが、まあよく出来たSFサスペンスであろう。やはりこの題名では中身が判りにくいのは確かだ。
 クローン人間の本質を突いた作品である事は間違いないのだが。

 なんか今日はネタがないなぁ。



2003年06月13日(金) ソフトにも色々ある

 昨日届いたツェッペリンのライヴDVDを、大雑把にではあるが見てみた。
 確かに映像は非常にきれいだ。もちろん丁寧なリマスター作業のたまものではあろうが、元々こういう映像があったと言うのがまず驚きである。
 多分熱烈なファンにはあまりいい評価は期待できないであろう1978年のネブワース・ライヴは、もうとんでもなくクリアな映像だ。演奏も、ネブワースという場所柄、ほとんどお祭りパワー状態なのではないだろうか。非常にいい感じである。そもそもここは、こういうハード・ロック系に向いている場所なのかも知れないと思っているのだが。

 ただ、4時間以上の映像だけあって、一気に見るというのは難しい。もちろん一箇所のライヴではないから、ゆっくりと見た方が良さそうである。何度も見る価値のある映像なのだから。

 しかしこうして見ると、ジミー・ペイジは巷で言われるほどテクニックがあるようには思えない。ライヴだというのもあるかも知れないが、随分とラフな演奏である。
 ジョン・ボーナムは、テクニック、パワーとも、時代を考えるとケタ違いに迫力があると言える。今でもあれだけのドラマーは多くはないだろう。それだけに、映像で見てしまうとなおさらペイジのラフさには問題があると感じてしまう。

 いずれにせよ、とんでもないソフトが出たものである。長生きはするものだ。

 ところで。
 「KILLERS」のサントラが発売される。川井憲次の作曲であるし、押井監督のパートでは16分以上の曲を提供してある。これは是非欲しい物だ。
 ただし公開劇場もしくは東宝オンラインショップのみの販売である。全国規模ではなく単館上映なのに、こういう販売方法を取るという事自体がもう許し難い事ではあろう。
 前回の「修羅雪姫」の時も、入手がとても大変だったが、少なくともCDを扱っている大手の販売店では注文すれば入手できた。しかし今回は天下の東宝である。あこぎな商売で有名でもあるが、とりあえず業界大手である。その大手が何故こんな事をしなけれならないのだ。非常に不思議である。

 しかもオンライン・ショップを覗くと、価格が書いていない。注文フォームの所まで行くとようやく書いてあった。こういう事も含めて、相変わらずユーザーには優しくない東宝だ。でも頼む事になるんだよなぁ。腹立つなぁ。

 腹立つと言えば、今日で最後の決算監査が終了したのだが、監査している社内の人間が「こんなこまごましたのは面倒だ。調べる価値があるのか?」なんて言わないで欲しいものだ。じゃあそんなこまごました事はやらなくていいのか?(やらなきゃ怒るくせに)

 どうも監査をしている社内の人間は変だ(もちろん法定監査人はきちんとしている)。照合する仕方も考え方もおかしい。この人を相手にしている限り、不正をするのは簡単だとつくづく思う。誰もがそう思っているのではないだろうか。もちろん他の人でばれるから、きちんとしているだけなのだが。

 いずれにせよ色々と問題点も多く、監査をしている他の人の話を聞いているだけで、会社の将来が危ういと感じてしまう。
 結局社長の考えでおかしいところを、誰もきちんと説明・訂正していないのだ。こうしろと言うのが、例え法的におかしくても、そのまま突っ走っているのだ(詳しく書くとやばいから、ここには書けないが)。
 知らない方が良かったのかも知れないなぁ…。



2003年06月12日(木) ツェッペリンのDVDが届く

 ようやくレッド・ツェッペリンのDVDが届いた。
 「狂熱のライヴ」以外に公式のライヴ映像がほとんどないというのも、大物バンドとしては珍しいが、1970年代とはそういう時代だったのだ。
 6,000円という価格だが(初回のみで、あとは7,000円になるらしい)、4時間以上の映像が入ってるこのDVDはベストセラーを記録するかもしれない。とにかく、当時リアルタイムで聴いていた人にはたまらないだろう。
 早く中をチェックしたいのだが、子どんぐりが「動物のお医者さん」を見るというので、それが終わるまでは見られない。困ったものだ。

 ちなみに今回は徳島のコモドに発注したのだが、配達前に宅配業者から「コドモというところからですが」という電話が入った。コドモでもドコモでもないのだよ。コモドドラゴンのコモドなんだよ。馴染みがないのは判るけどね。

 なんて書きながら、SJSなる薬疹被害について、クローズアップ現代を見ていた。
SJSとは「スティーブンス・ジョンソン症候群」の事で、今まで知らなかったのだが(しばらくするとスティーブ・ジョブス症候群とか言いそうだ)、風邪薬等の副作用で、皮膚の発疹や視力の低下(失明もある)が起こり、重度の後遺症が残るという。
 しかも、初めて服用した風薬でなる事もあれば、今まで服用してなんともなかったのに、ある時突然なってしまう事もあるという。これは結構怖い。
 さらに、まだまだSJSと診断できる医者が少ないというのも問題である。原因は免疫の異常(キラーT細胞が皮膚を攻撃する)としか判っておらず、まだその発症システムは不明らしい。

 こうなると、不勉強な医者やいいかげんな医者が多いイナカでは、かなり不安になる。イナカの医者の特徴は、知り合いには親切だが、そうでない場合はかなりテキトーなのだ。
 なんか長生きできにくい社会だよなぁ。

 と、暗くなるばかりではなんなので。
 まだテレビでは見ていないのだが、ギャツビーのCMが笑える。内容としてはどうという事もないのだが、絵がいかにも「テリー・ギリアム風アニメーション」なのである。特に動きなんかはそのものであり、明らかに確信犯である。

 下のアドレスで、とりあえずCMは見られるので、今のうち。
  http://www.gatsby-net.com/cm_studio/index.html



2003年06月11日(水) とんでもない本

 今日はレッド・ツェッペリンのDVDが発売される日である(ロオク本舗を見ていると、みんな昨日のうちから購入したようだ)。
 いつもなら地元の店に頼めば、発売前日には入荷するのだが、今回はネット上で20%オフというところを初めて使ってみたため、明日到着予定である。3,000〜4,000円なら、配送手数料を考慮するとあまり変わらなくなるが、今回は6,000円なので多少差が出てくる。
 しかし最近の音楽関係は、初回出荷分は安くして、それ以後は高くする戦略にシフトするらしい。まったく何を考えているんだか。
 どうでもいいようなJ-POPなら別に構わないが、聞いてみるまで判らないようなマイナーなものまでそんな事になったら、ますます売れなくなるだろうに。

 そんな事を考えつつ、物が全然ない本屋へ行ったのだが、たまたま隅っこにとんでもない本が置いてあるのに気づいてしまった。これはちょっと厄介な代物かもしれない。
 何かというと「ちびっこ広告図案帳70's」(おおこしたかのぶ編・オークラ出版)である。

 内容は、1970年代前半のこども向け商品の広告を収録しているのだ。紹介ではなく収録である。お菓子、おもちゃ、プラモデル、自転車、ラジオなど、かなりのジャンルを押さえている。しかもネットで調べたら、デジタル・リマスタリングにより、当時の印刷の色あいをそのまま再現しているのだそうな。
 とにかく見ていると、あれも持っていた、これもあった、あるいは欲しかったけど買えなかったという商品のオンパレードで、非常に危険な本であろう。

 意外なところでは、団次郎がやっていた頃のMGCの広告が数点あった。M-16の宣伝ではゴルゴ13まで使っていたのだ。やはりこれらは、時代を考えると外せないという訳だろう。
 また当時の女の子の衣装を見ると、70年代のリバイバルデザインが現在に定着している事が実感でき、そういう意味でも良い資料になっているのだ。

 しかしこの本には大きな問題がある。
 本体7,429円という事は、消費税込みで7,800円である。う〜む、これはちと高い。しかも『ちびっこ広告図案帳 AD for KIDS:1965〜1969』という前哨戦とも言うべき本がすでに出ていたのだ。こちらは4,800とやや安いが、それとて比較の問題であって高い事に変わりはない。
 欲しいなぁ。高いなぁ。ボーナス出ないしなぁ。でも欲しいなぁ…。



2003年06月10日(火) 異性人、いや異星人

 現在「異星人情報局」なる本を読んでいる。作者はジャック・ヴァレ。
 この人はあの「未知との遭遇」でトリュフォーが演じた科学者のモデルとなった人物との事で、モデルがいるのを知ってはいたが、こんな本を書いていたとは知らなかった。
 読んでいてもこの小説がどちらに行くのか判らず、そういう意味では実に楽しい。

 現在の欧米では、UFO問題は「UFO現象」として扱われているらしい。つまり円盤の存在を信じるとかいう問題ではなく、人はなぜ円盤を見るのか、その円盤と思われる物は何なのか、というある程度は科学的なスタンスである。
 もちろん完全にあっち方面に行ってしまった団体も数多くあるのだが、以前よりはましになっているのかも知れない。
 蛇足だが、日本では「UFOを信じるか」という言い方をするが、UFOとは未確認飛行物体であり、正体が判明しない飛行物体はすべてUFOである。別に異星人の乗り物と同義ではないのだが、いつまでもこの状況は変わらない。やはりピンクレディのせいなのだろうか。

 そしてこの「異星人情報局」は、読んでいても作者の立場がまだ良く見えない。肯定か否定か、陰謀か自然現象かオーバー・テクノロジーなのか、色々な見方を提供しているので、途中まで読んでもこの本の立場はまだ不明である。

 ただし、いくつかの陰謀説については、そんなの国際政治を理解していれば謎でもなんでもなかろう、というのもあり、ある意味読者の知識や教養も試されているのかも知れない。
 色々な意味で楽しい小説ではあるが、ラストによってはトンデモ本になる可能性もある。
 さて、どういう展開になるのやら。楽しみ楽しみ。

 ところで、「マトリックス・リローデッド」が好調との事だ。なんでも公開週末興行収入がハリー・ポッターの記録を塗り替え、22億を越えたらしい。
 まあ私はこの興行成績というもののカラクリなんかは理解しているつもりなので、こういう記録にあまり意味はないと思っているが、かなり人が入っているというのは事実だ。
 とりあえず来週になったら平日の夜にでも観ようと思っている。別に焦る必要もないからね。

 はたして前作を越えるヴィジュアル・ショックを与えてくれるのか、予告を見た限りでは、楽しみでもあり不安でもある。



2003年06月09日(月) 今年も赤字だ

 会社はそろそろ株主総会用に決算書をまとめ議事録も作成している。
 うちの会社も支店やら関係会社やら色々あり、当然各会社には経営陣がいる訳である。しかし、最近このトップの会談を聞いていると、そもそも議事録の作り方すら判っていないトップが異様に多い(もちろんそういう人をトップに置いている本家の経営陣にも問題があるのだが)。
 もちろん知らなければ誰かに聞くなり調べるなりすればいいのに、この会社のトップにいる連中というのは、そういう事をしない。問題になるまで誰も手をつけないのだ。実に不思議である。

 私もダミー会社を任されているが、誰も議事録の作り方は教えてくれなかった。そもそもそういう物が必要だとすら教えてもらっていない。
 だがないと言うのもおかしな話なので、自分で調べ、ネットを探せば議事録の雛型が結構あるので、それも利用し、とりあえずなんとか形だけは整えた。
 私ですらこの程度はできるのに、なぜ上にいる人がやらないのだろう。先の対談でも、さすがに本家の社長が呆れていた(だからなぜそういう人をトップに置くのだ?)。

 うちの会社は古い体質の人が多く、「技術は盗むものだ」と考えている人が多い。別にそれ自体は悪いとは言わないが、これを拡大解釈して「人には教えない」というバカな考え方をする人が異様に多い。だから疑問点は人に聞こうという風潮がない。聞いても教えてくれないのだから当たり前である。
 結果として、物を知らないトップが増え、尻拭いは下の人間がやらざるを得なくなる。

 だがトップの連中には良く考えて欲しい。もはや下の人間の方が色々と物を知っているのだ。経営に関してもいつまでも高度成長期の夢を捨てられない連中より、いくらがんばったところで売れないものは売れないと判っている下の人間の方が、よほど賢くなっているのだ。
 はっきり言うが、今の社会では年寄りのトップより中堅の方がはるかに賢く、年よりは邪魔なだけである。赤字なのは考えを変えられない年寄りがいるからなのだ。それが現実である。
 少なくとも、現在のトップは「バカだなぁ」としか思えないのは事実である。そしてそういうバカな考えを踏襲しているバカ者だけが上に登っていくというのも、ヘンな会社である。

 と、話が大きくなってしまうのはいつもの事だが、これだけは言える。
 会社を黒字にするのは、結構簡単な事だ。それをやる勇気が誰にもないだけなのである。



2003年06月08日(日) 特撮とはなんだ

 今日は遊ぶ友達がいないという子どんぐりを連れて、あちこち動く。本当にチマチマと動いただけなのに、あっという間に一日が終わってしまう。
 しかし寒い一日であった。外では本当に上着が必要だった。やはり例年どおり、5月は暑く6月は寒いという事だ。

 という訳で、合い間をみて雑誌を斜め読みするが、「宇宙船」などはそれだけで用が足りてしまった。
 「別冊宝島・特撮スーパーマシン大全」もたいして時間がかからず終わってしまった。切り口は非常に良いと思うが、やはり消化不良というか、そもそもコンセプトが不完全である。多分編集会議でも方向性は完全に決まらなかったのだと思う。実に惜しい。
 少なくとも、私ならこんなまとめ方は絶対にしない。あまりに中途半端である。編集者には悪いが、あまりいい本とは言えない。これでどれだけ売れるのだろう。

 多分、スタッフはメカニックと言うものが良く判っていないのではないだろうか。現在の特撮系のジャンルはすべて文系の考え方で、工学系の考え方が出来る人は少ない、というか皆無である可能性もある。
 こういうジャンルは、純粋に科学的である必要性などないのだが、やはり最低限の「説得力」はないと困る。どうもその辺を勘違いしている人が多すぎる。
 例えば、見た目で「???」と思うようなメカは困ると思わないのだろうか。

 大体、不朽の名作である「サンダーバード」にしたところで、一見非常に理にかなったメカのように見えるが、粗探しをすると、とんでもなく不合理なメカばかりなのである。
 しかしそういう事を感じさせないのは、メカという物に対する基本概念及び理念が正しく、後はテレビにおける特撮の見せ方を、カメラやレンズ、フィルムの特性まで含めて充分心得ていたからだ。
 歴史で言うと「ウルトラセブン」は「サンダーバード」の後であり、特に当時の円谷プロはサンダーバードの撮影現場を見学しているのだが、出来た映像はあまりにもレベルが違う。
 この辺は詳しく書き出すと切りがないが、とにかくありとあらゆる点での基本が違うという事だ。

 ん? なんか話が微妙にずれているような…。



2003年06月07日(土) お出かけ、お出かけ

 義母のお見舞いで、一家揃って久々に弘前へ行く。
 だいぶ元気になったようには見えるが、ずっと入院しているので退屈しているようだ。まあ当然ではある。とりあえず子どんぐりが運動会の成果を報告する。

 その後は例によって紀伊国屋書店に行く。子どんぐりは相変わらずドラえもんの学習漫画を見ている。
 こちらは探していた「ワイルド7」の9巻目をようやく見つける。やはりちゃんと出ていたのである。あと3巻で終わりだが、さて今後はどうやって入手しよう。やはりアマゾンが一番確実か。
 「新・鉄腕バーディ」もあった。これは完全にリメイクから始まっていたが当然であろう。「究極超人あ〜る」以前からの連載だったのだから。そして今回はきちんと終わらせてくれるんだろうな、と心配ではあるが、作者も一度きちんと終わらせたいと言っているので、とりあえずは見守ろう。

 あとは高斎正の「透け透けカメラ」と「UFOカメラ」も買う。しかしこの小説は元々カメラ雑誌に載ったのがベースなのだが、専門用語がまったく説明なしでポンポン出てくる(業界用語といった戯けたものではなく、文字通りの専門用語で、調べれば判る類のものだ。念のため)。カメラ雑誌と言う前提だから当然だが、こういうテンポで進む小説はやはり楽しい。
 どうも最近の小説は、本文の中に説明が多すぎて気に入らないのだ。自分が知っている事が多い場合、それは余計な情報だと誰でも判るだろう。それでも「註」とか「作者の説明文」という形ならまだいいが、登場人物の会話でいちいち説明されると、「こいつらバカじゃないのか」と醒めてしまうケースが多い。これは編集者の責任でもあるのだが。

 そして「宇宙船」と「別冊宝島・特撮スーパーマシン大全」も買う。
 「宇宙船」はほとんど読む所はない。惰性である。「別冊宝島・特撮スーパーマシン大全」は、日本の特撮テレビに出てきた車輌をまとめたものである。個人的にはもっと古い車輌を大々的に扱って欲しかったが、あまり資料もないのでこんなものであろう。
 でも本当は、海外の特撮メカをまとめた本が欲しいところである。これは資料集めが大変なのは判っているが、過去きちんとまとめた本は存在しない。海外にもないのは著作権の問題があるからなのだろうが、やはり寂しい。

 帰りは子どんぐりの要望で、三内丸山遺跡にちょっと寄る。
 以前、チャウチャウ+ポンポンを連れて行った事があるのだが、今回はとんでもなく立派な建物があり驚いてしまった。昨年秋に出来たらしいのだが、以前のあの掘っ立て小屋のようなイメージは微塵もない。
 新幹線が八戸まで来た事を見込んでの建設なんだろうけど、新幹線の費用だって返さなければならないし、一体この貧乏県のどこにそんな金があるんだ? まあ今の地元権力者にすれば、自分の功績が後世に残れば、後はすべて子孫任せという事なのだろう(老い先短い連中ばかりだからな)。

 しかし元々はこの遺跡、発掘調査の時には「建設の邪魔だから潰してしまえ」という議員も多かったと聞いている。公然と「金にならない」とも言っていた。
 元々そういう意識の議員や役人が多いのに、いつまでこの施設の管理が続くのやら…。弘前大学を中心とした調査隊が、中央の学者や議員連中を相手に散々苦労したというのは容易に想像がつく。
 特に例の謎の巨大柱の建造物の構造については、中央の権威ある学者と弘大の研究者とは意見が分かれ、最後は「補助金を打ち切る」と脅されていたとか。つまりあれは妥協の産物であり、金も教養もない県をバックにした調査隊としては、精一杯の努力だったのである。
 元々が中途半端だったのだから、今後の運営だってどうなるかは判らないという事だ。



2003年06月06日(金) 寿限無の時そば怖い

 今日は参観日でもなく、三角定規にひびも入らず、雨も降らなかった。

 会社で聞いたのだが、NHK教育の番組で「ゲストに寿限無をフルで言ってもらうだけ」というとんでもない番組があるらしい。まるで「ウゴウゴルーガ」か「カリキュラマシーン」か、という感じで面白そうなので、一度見てみたいのだが、いつやっているんだろう。

 で、会社でこの話をしていた時、ある年代はもう寿限無の内容を知らないのではないかと思ってしまった。そもそも以前は誰でも知っていた「時そば」「まんじゅう怖い」「頭山」等の内容を知らないのだ。
 だがこれももっともで、テレビでやる事はないし(そもそも「寿限無」は、高座でもあまりやらない演目らしい)、田舎ではそれ以外で落語を見る機会など、ほとんどないのだ。
 日本の文化が廃れていくのも当たり前である。首都圏や大都市以外では、もう日本の文化に触れる機会がどんどんなくなっているのだ。なにもかも大都市集約なのである。
 若者が日本の文化を知らないのも当たり前なのである。年寄りはそんな若者を責めてはいけない。この責任は、そのほとんどが年寄りにあるのだから。

 ところで。
 一昨日、「マクロス・ゼロ」を見た訳だが、フォッカーの声は神谷明があてている。落ち着いた台詞はいいのだが、どうもこの人が張り切ると、面倒終太郎を見ているようだ(というところが、もはや古い)。特にマクロス・ゼロでは戦闘機を操りながらの熱演である。まるで「ビューティフル・ドリーマー」におけるハリアーのシーンを見ているようだ。
 でもやはり操縦しながら「遅いっ!」「うおおおおお!」なんと言われると、やはり古臭さを感じてしまう(ガンダムじゃあないんだからさ)。パイロットってもっと冷静なんだし、それ以前に演出としていまひとつであろう。

 結局押井監督がうまいのは、人の描写を丁寧に演出した上で、メカの演出をマニアックにしているという点にある。なぜ他のアニメ系監督はこれができないのだろう。優先順位が逆なのである。
 やはりオタクと言われる人種も、世代によって異なると言う事か。



2003年06月05日(木) こりずにまた買う

 こりずにタイムスリップグリコを10個購入。さすがにこうなるとダブリが出てくる。
 現在までの成果。
  「花の首飾り/タイガース」×2
  「愛のメモリー/松崎しげる」×2
  「Mr.サマータイム/サーカス」×2
  「傷だらけの天使/井上堯之バンド」×2
  「赤道小町/アン・ルイス」
  「GoodbyeDay/来生たかお」
  「学園天国/フィンガー5」
  「まちぶせ/石川ひとみ」
  「学生街の喫茶店/GARO」
  「セクシャルバイオレット1/桑名正博」
  「ハートのエースが出てこない/キャンディーズ」

 そしてシークレットは2枚である。
  「危い土曜日/キャンディーズ」
  「まちぶせ/三木聖子」

 まあシークレットが2枚も出たし(しかもキャンディーズ)、そろそろこの辺で資金も底をついたので、しばらくお休みとなるだろう。
 でも「ライディーン/YMO」は欲しかったなぁ。もう秋葉原には出回っているというし、誰かに頼んだ方がいいのかも知れないが…。

 しかし今回は昨日までとは違うスーパーで買ったのだが、昨日までのところは、とんでもなく荒らされていた。いやいいトシしたオタクにではなく、保育園のガキにである。もうあれだけメチャクチャにされると、中身も不安になるので、ちょっと買えない。一体親は何をやってるんだろうね。
 その点では、子ドングリのしつけはまあまあであった事だよなぁ。



2003年06月04日(水) 今日もグリコ、そしてバルキリー

 今日もタイムスリップグリコを4個買う。「愛のメモリー」「学園天国」「まちぶせ」「学生街の喫茶店」である。昨日の「セクシャルバイオレット1」「ハートのエースが出てこない」「花の首飾り」と、今のところダブリはないが、これからが問題だ。
 はたしてライディーンを入手できるだろうか。そしてシークレットは何だろうかという問題もある。

 一応ロオク本舗では、はかせがはまっているようなので、ダブリがあればトレードも可能というのが心強い。いずれ東京で発売されれば、もっとダブリ情報は増えるだろう。

 しかしサンダーバード関連といい、今回のCDといい、40歳前後の人を対象にした物は、実にうまいところを突いているよなぁ。もちろんこういった昭和30〜40年代物というのは、企画した本人が欲しい物を作っているのだから、よほどのことがない限りはずれるものではない。そのくらい面白いものが流行し、派生した時代だったのである。

 で、ふと思いついてオークション検索したら、もうフル・コンプが出ている。しかも掲載されている写真を見ると、同一人物が何種類も出している。いいのか? まあ私はこういう自分が好きでもないのに買いあさってすぐ転売するバカヤローは大嫌いであるが、情報元としては便利であろう。
 ちなみにシークレットは「キャンディーズ/危ない土曜日」「アン・ルイス/恋のブギ・ウギ・トレイン」「三木聖子/まちぶせ」「タイガース/花の首飾り(ジャケット違い)」だそうな。
 まったくどうやってコンプしてるんだか。

 そして会社の人からマクロス・ゼロの二巻目を借りる。はっきり言って、「雪風」よりはるかにましである。少なくともまともに見ていられるのだから。
 でも、バトロイド形態での動きは速すぎるし、あんなに転がるのもどうかと思う。主翼が完全に保護される訳ではないので、あれではキズが付き飛べなくなってしまう。あとは燃料と武器も随分と大量に内蔵してるし、キャラの言葉使いも良くない、というか古臭い。あれでは80年代のアニメである。
 と、散々けなしているが、それでも「雪風」よりは面白いのである。困ったものだ。

 しかしこうして見ると、小松左京が「さよならジュピター」を執筆した時、異様に古臭いと感じたのだが、結局河森正治も同じ轍を踏んでいるのであろうか。やはりその人の表現の仕方とは、なかなか変化しないものなのかもしれない。だから当初は革新的でも、いずれ古臭くなる訳だ。

 さて、明日の気温は、今日より12度も低いのだそうな。そんなにころころ変わるんじゃないよ。



2003年06月03日(火) タイムスリップグリコだ

 例年5月は暖かい、というか暑い日が続くのだが、6月に入るととたんに涼しくなる。最高気温が20度以下はあたりまえだ。
 しかし会社の空調は、「外の気温に合わせている」のだそうだ。つまり仮に「外が15度」だと、寒いという判断になり、内部はパソコンその他で28度以上あるのに「暖房が入る」。結果としてとんでもない温度になる。これはいくら言っても改善されない。決定権がある人が普段会社にいないから、判らないのだろうが、まったく不思議な会社である。
 節電だのなんだのと言っているが、とても大いなる無駄使いをしているというアンビバレンツな事よのう。

 という内容を、本当は昨日の日記に入れるはずだったが、長くなったのでカットした。
 ところが今日、会社で昼くらいから冷房が入ったようである。さすがに昨日は夕方あたりになると具合が悪くなるくらい熱かったので(もはや暑いというレベルではない)、たまたま在社していた年寄りも根を上げたのではないだろうか。
 でも今度は寒くなっても冷房を作動させるんだよなぁ。困ったものだ。

 そして経費削減に関してある支店では、本来産業廃棄物として処理しなければならない物を不燃物として少しずつ処分していたそうだ。いくら知らなかったとはいえ、これではまずかろう。
 結局、レベルの低い人間に節約を強制するとこういう事になるのだ。例の東海村臨界事件と同じ構図である。これは明らかにQC活動の弊害で、現場での改善を野放図に推進した結果なのだ。

 そしてこれからもこういう事が起こる可能性は高い。なにせ会社にはレベルが低い人間や、もっとタチの悪い「モラルの低い人間」が沢山いるのだから。

 と憤ったところで、今日からタイムスリップグリコの新シリーズが、北海道・東北限定で発売となった(関東地区は7月からか?)。
 今回は一曲入りのCDが付くのだが、これが当時のドーナツ盤を再現している。なんと溝まで表現されているのだ。
 とりあえずどんぐり2号が3個買ってきた。キッスのラビン・ユー・ベイビーのバクリと言われた「セクシャルバイオレット1」、これはシングルも持っている「ハートのエースが出てこない」、ジュリーがとても若い「銀河のロマンス花の首飾り」だった。まあとりあえず満足かな。
 18種類プラスシークレット4種との事だが、あとは「ライディーン」が是非とも欲しいところである。

 しかし音楽や映像に関しては、興味のある物はずっと聴き続けていたから、本当はタイムスリップしないんだよなぁ。



2003年06月02日(月) SR-71って面白い機体だ

 「世界の傑作機100・SR-71ブラックバード」を買う。
 これが新シリーズになったのはついこないだと思っていたが、もう100冊目だったとは。
 しかし今回の内容は特に面白い。量産機としては前代未聞、空前絶後の性能をもつ機体に加え、当時の世界情勢から戦略的運用やら政治的問題など、読み物としてもなかなか面白い。それだけ数奇な運命を背負った機体なのだ。

 SR-71の元となったYF-12は、正式名称決定前にはA-12と呼ばれていた。攻撃機でもないのになぜAが付いていたのか不思議だったが、このAはアークエンジェルだったとの事。つまりU-2開発時にエンジェルと呼んでいたため、これを上回るという意味で呼んでいたらしい。長年の謎がひとつ解けた。

 直接関係はないが、実験機ファンだけではなく、超常現象ファンにも有名な「エリア51」と言うのは、元々U-2開発のために作られたエリアなのだそうだ。当初は汎用の実験機開発用基地ではなかったと言うのが意外だったが、アメリカ軍といえども予算で動いているのだから、明確な目的がないものは作れないと言う事だ。
 SR-71も、運用費が膨大にかかるために、機体はまだまだ使えるのだが退役処分となってしまった。現在では偵察衛星の方が安上がりなのである。こんな事をしているから先のイラク戦争ではまたU-2を利用せざるを得なくなったのだが、この機体は簡単に撃ち落される危険性がものすごく大きい。パイロットも辛いね。

 まあいずれにせよ、なかなか面白い内容の本である。これならSR-71のフライト・マニュアルやスカンク・ワークスの本を買っとけばよかったなぁ。

 で、昨日のニュースから。
 葛飾の病院に腸閉塞で運ばれた子供が治療してもらえず、その日のうちに死亡したというのがあった。
 今日になっても大幅な進展があったという報道はない。これが今後どう発展していくのだろう。結局単に収束していくだけなのかもしれない。個人の力には限界があるのだから、やはりマスコミなどがバックアップしなければだめなのだ。
 病院側は当初、落ち度はなかったと言っていたが、落ち度がないのなら殺意であろう。おそらく見捨てた当の医者は、いまだに何が悪いのかすら認識していないと思われる。せいぜい上司に怒られたくらいにしか考えていないのではないか。

 会社でも、『年寄りが倒れたので夜に連れて行ったら「何故こんなのを連れてきた」と怒鳴られた。』とか『「子供が病気になるのは親が悪い」と言われ、満足に診てくれなかった。』とか『「どっちの薬を使うかあんたに聞いて、それを使って悪くなったのだからあんたが悪い」と言われた(知識のない患者に聞く医者っていうのも、いいかげんバカであろう)。』とか、色々耳に入る。
 こういう話を聞く限り、どうも最近の医者と言うのは信用できないようだ。特に専門ではない急患は見捨てる傾向があり、こんな医者にかかったら本当に殺される可能性がある。

 少なくとも子供を見殺しにする社会に、未来はないのだ。社会から子供が減っていくのは当たり前である。社会が信用できないのでは、安心して子供なんて育てられないのだから。

 それ程ではないにしても、例えば具合が悪くなって医者に行くと「なぜこんなに悪くなるまでほおって置いた」と怒る医者がいる。しかし30〜40代というのは、仕事が忙しくそうそう医者には行けないのだ。ヒマなジジイどもとは違う。それでいて医療保険も医療費も一番高く取られている。

 以前から、働き盛りは無駄な治療を受けられるほどヒマではないのだが、医療費の値上がりでますます医療から遠ざかってしまう。
 保険で支払う医療費が高騰したのは、医者が不要な薬を乱発したためであって、患者が無駄な治療を求めたためではない。求めたところできちんと対処すればいいのに、面倒だからと適当な処置をしていたのだ。そういう医者が多かったのは事実だ。
 結局今の医療事情を悪化させたのは医者の責任であって、患者の責任ではない。とにかく日本の医療は正常に機能していないと言わざるをえない訳だ。

 そして小ネタ。
 家の登記簿証書を感熱紙で作ったため、消えかかって問題になっているケースがあるという。バカじゃなかろか。
 法務局によると登記簿の再発行は認められないとの事で、まあそれを知らなかったにせよ、証書を感熱紙で作るという神経がまったく理解できない。

 こうしてみると「人を騙す」というのは、ものすごく簡単な事なのかも知れないと思う今日この頃である。



2003年06月01日(日) 結局、買った

 本日のお買い物CDは「TUBULAR BELLS 2003/MIKE OLDFIELD」と「魔力の刻印/アイアン・メイデン」である。

 「TUBULAR BELLS 2003」は、一聴すると「リマスターする時に、色々な楽器パートを新録音で加えた」という感じだったのだが、実は1973年の「TUBULAR BELLS」をスコアどおりにリメイクした物という事らしい。オリジナルを聞き込んだ人には、かなり異なっているのはすぐ判る。
 まあ賛否両論ではあろうが、少なくとも音が非常にきれいな「TUBULAR BELLS」を聴けるというのはいいものである。オリジナルは当時の機材の限界から、どうしても音が悪く、リマスター盤でも限界があったのだから。

 しかしなぜ今リメイクなのか。
 やはり「アマロック」「TUBULAR BELLS2」「3」「ミレニアム・ベルズ」といった路線で、民族音楽やハウス・ミュージックという、本人のやりたい事と現代の売れる要素が一致していた事がどんどん融合していき、ライヴではそれなりに面白くはあるが大家族化していった現状を、一度清算する必要があったからではないのだろうか。
 まあ来月あたりからの音楽雑誌にその辺の事情は載るだろう。

 ところであの楽器紹介のヴォーカル・パートは、なんと「ジョン・クリーズ」らしい(もちろんあのモンティ・パイソンの、である。若い人には007のR役の人と言えば判るかな)。これはかなり意外である。
 まあ「Special guest:John cleese」としか書いていないが、どう考えてもそこしか出番はない。実際「何故?」と思うが、こうなるとライヴの時に出てくるという可能性もあるのか?
 色々な意味で、今後も目が離せないマイク・オールドフィールドであった。

 ちなみにこのCDはコピー・プロテクト仕様である。私が持っているCDでこういうのは、これが初めてである。そういう意味でも記念すべき作品だ(車で聴けないなぁ…)。


 そしてアイアン・メイデンのCDは、プリズナーbUにインスパイアされたという「プリズナー」が入っているので購入した訳である。
 なぜ今まで買っていなかったのかと言うと、基本的に彼らのアルバムは、アルバムとして聴くとあまり面白くないからである。どうしても構成が単調なのと、曲自体も何か聞いたような部分があちこちに感じられて、今ひとつ凄いと思えないのだ(これは好みの問題だと認識はしているが)。

 肝心の「プリズナー」だが、訳詞を読む限り、どうもあの番組をきちんと理解していないように思われる。自由の意味を取り違えているようだ。
 「自由のためなら何をやってもいい」という目的と手段の逆転を起こしている。プリズナーbUにおいては、「理不尽な抑圧から自由を得るためには、大いなる犠牲も伴うから、覚悟して闘わなければならない。それができないなら管理されていろ」というもので、目的不明な自由という言葉の遊びだけでは意味がないのだ。
 つまり、内容も曲自体も、ちょっとがっかりである。

 ついでなので、タイトル曲の「魔力の刻印」だが、これは原題が「THE NUMBER OF THE BEAST」、つまり聖書でいう「666」の事である。
 しかしCDに入っているこの曲のプロモ映像では、狼男、ノスフェラトゥ、プルトニウム人間などの映画キャラが映し出され、とどめにゴジラまで出てくる(しかもモス・ゴジである)。これは誰が選んだのか知らないが、むしろ笑ってしまう選択だ。
 やはりメタル系のキャラというのはお笑いと紙一重、という本質を見抜いていた聖鬼魔IIというのは、ある意味凄い集団だったと言える。

 ところで中の解説を読むと、ヴォーカルのブルース・ディッキンソンって、かなりいい奴らしい。アルメニア・エイドを見た時、そんな感じがしていたのだが、メタル、特にああいうファッションでしかも若いのに、これがとてもいい奴っていうのも、なんか変…。

 直接音楽とは関係ないのだが、「TUBULAR BELLS 2003」を買って家で開けたら、ケースがかなり破損していた。上下の番部分が完全に割れて分離、中のCD固定部分も半分折れていて、しかもない。
 ここまでひどいと、さすがに店に行ってケースだけ交換する。なんでも在庫がこれしかないとの事なので、CD本体はそのままである。
 まあさすがに「タワーレコード」である。テキパキと交換してくれたのはいいが、車のガス代を考えると、自分でケースを買って交換した方が安いくらいだ。やはり店が遠いと言うのはとても不便である。こういう部分で、買い物をちょっとためらってしまうなぁ。


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