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2003年09月30日(火) 月末だぁ

 今日は月末。太平洋を北上していく台風の影響か、やたらと風が強かった。
 そんな中、月末業務で忙しいのに皆あっさりと帰ってしまうので、先月と同じく電話にかかりっきりとなってしまい仕事が進まない。結局またまた途中でやめて(投げて?)帰る。

 さて、ロオク本舗は11月の「お江戸ロオク」の話題でもちきりである。
 やはりこうして一同に会する機会を逃すと、なかなか彼等のライヴを見られないから、なんとか行きたいと思っている。なにせ北から南から、濃ゆい面子が集まるのだ。
 しかしあれだけ凄い人たちが大勢集まるのである。果たして私なんかが行ってもいいのだろうか、話の輪に入れるのだろうか、などと一瞬だが躊躇してしまう。
 だが、めったにないチャンスなのだ。こんな田舎で低賃金の私には、ロオクの面々と会える機会はそう多くない。今回は多少無理してでも行くべきであろう。

 ところで宣伝用のポスター、あれはかっこいい。印刷しとこ。

 で、ふと気がつくと、子どんぐりが変声期を迎えつつあるのか、それとも風邪をひきかけているのか、声が微妙に変である。
 風邪だと困るなぁ。でも声変わりも、ちょっと早いかなぁ。

 夜中にようやく「殺す警官」(byサイモン・カーニック)読了。
 舞台がロンドンなんだが、どうしてもニューヨークのイメージだ。警官だが、裏では法で裁けない連中を始末する顔を持つという、「ワイルド7」というより「ダーティ・ハリー2」のような話だ。
 全体に悪くはないが、やはりオリジナリティに欠けるというか、意外と平凡だった。もう少し面白いかと思っていただけに、惜しまれる。
 まあ、いかにも映画向きという感じではあった。



2003年09月29日(月) 特にこれという事もなく

 会社では、相変わらずバカな事が多い。本当にこのままでは会社が潰れると思うのだが…。
 そういう認識がない人達が会社の中心というのも、なんだかなぁ…。

 某押井のファンサイトの掲示板より。
 「どんなに標準語で話そうが、必ずどこかしら訛りは出てくるものなんだが。東京を中心とした関東標準語圏以外の人は、訓練(発声レッスン等)でもされてない限り確実にどこかしら地域特有の訛りは今でもあると思います。」

 ちょっと前後は端折っているが、明らかに標準語の優位性を主張する書き込みだった(文章が下手だ)。
 しかしいるんだねぇ、いまだにこういう人が。東京至上主義はいいけど、こういう人に限って他の土地の事は全く知らなかったりする。関西の人はすべて河内弁で、東北地方の人はすべてズーズー弁でなければならない訳だ(元々はそういう書き込みから始まっている)。

 ちなみに東京の言葉は東京弁であって「標準語」ではない。標準語とはNHKが作った言葉であるから、ここまでテレビが普及している現在、いつまでもなまっている人だらけと思う方がどうかしている。
 そんな状況なのに「訓練しなければ直らない」とは、明らかに人をバカにしている。これは訓練ではなく、環境なのだという事が判っていない。
 その証拠に、東京に住んでいても親が東北なのでなまっている人も多い。というか、東京という町のかなりの割合が地方の人間で占められているのだ。そういう根本的な事も判っていないのである。

 ここの掲示板は、情報はいいのだが、それ以外は本当にどうしようもない程レベルが低い事が多い。それを訂正しない(できない?)管理人も同じである。
 そんな訳で、押井関係の情報源としては重宝するが、それ以外の部分は読んでいて呆れる事が多いので、最近は情報以外は読まないようにしている。

 ところで。
 以前あった「ワイルド7・テレビ化の噂」であるが、結局ガセネタという事で落ち着いてしまった訳である。
 しかし少し調べてみたら、企画は本当にあったらしい。もちろん出演者を決める段階などではなく、脚本すら出来ていない状態ではあったが、こんな企画が本当に通りかかっていたというのは、やはり意外である。
 現在の技術でなら、ワイルドのバイク・アクションはやって欲しいが、テレビでは色々と差し障りがあって出来ない部分もあるだろう。結局つぶれてしまった方が原作の価値を貶める事がないだろうから、むしろいいような気はする。

 そして今日は、冨木さんちの出産祝いをTAM宛に送ったのであった。実はあぶなく忘れるところだった(もしかしたら私のように送金を忘れている人がいるかも知れないと思い、あえて掲示板に書き込んでおいた)。
 しかし年を取ってからの子供だから、遊ぶのも体力的に大変になるかも知れないが、しばらくは親バカであって欲しいと思う。



2003年09月28日(日) 2日で200キロ走破

 模型雑誌を立ち読みする。
 コナミの次のサンダーバードはジオラマ風食玩で、12/15発売予定である。
 ハピネットのサンダーバードは、2号ドックの改修版と新規金型の1号ドックが出る。
 どこかの浴玩ではサブマリン707が出るという。
 さて、大変だ。まさに40代がネギを背負って待っているのであった。

 ただし今度のコナミは、ジオラマというのがネックだ。
 造形も悪くなし、確かに小型のジオラマは楽しい。しかし、ジオラマでは複数あっても困ってしまう。以前のサンダーバードの時は、高速エレベーターカーや磁力牽引車が複数台登場するし、キャプテン・スカーレット謎の円盤UFOは元々が軍隊なので、同じ機体が「複数必要」だった。だから10箱単位で買って重複する事が気にならなかったのである。
 これがジオラマだと、普通は一つで充分なのだ。こうなると10個買いは躊躇われてしまう。しかしコンプリートはしたいし、ジレンマだ。

 午後、三沢の航空科学館を再度探しに行ってみた。事前にマピオンなどのネット地図で場所を調べたのだが、ネット上の航空科学館の住所が、どのネット地図にも載っていない。区画整理等で住所表記が変わったのかも知れないが、実際どういう事なのだろう。
 そして相変わらず案内の看板がない。大体の場所は判っているので、とにかく空港周辺を走り回ってようやく発見した。これは地元の人でないと、発見は難しいと思う。時間も遅くなったので、見るのは来週以降にする。
 しかし三沢空港は、米軍、自衛隊、民間旅客機の三者が使っているので、こんなに周囲を走り回っていたら、ヘタをするとチェックされてしまう。実際ニューヨークのテロの後は、警備がかなり厳重になっていたのだ。
 それを避けるためにも、判りやすい看板が欲しいぞ。

 帰りはなんとなく走っていたら下田に出たので、ナイスのCDがあるか、タワーレコードへ寄ってみたら、これがあったりする。ただし価格が\4,000也…。三枚組とは言え、一枚はインタビューだしなぁ。で、もしかしてと探したらルインズ波止場の「Close to the RH 嬉嬉」もあったりする。
 仕方がないから両方買ってしまった。

 しかしナイスはなかなか楽しい。EL&P時代の曲もやっているが、EL&Pとは違うアレンジがなされており、これならナイスと名乗ってもいいだろう。
 意外とまじめに取り組んでいるという姿勢が見られるので、再結成と言っても文句は出るまい。見事に「現在のナイス」を目指していると感じられた。
 やはりキース・エマーソンも伸び伸びとしているようで、彼が自己主張して無理に中心になるという感じはない。だからむしろグループとして、まとまりのいいアレンジになっているのだろう。
 意外といい買い物であった。

 そして「Close to the RH 嬉嬉」であるが、今時こんなにアヴァンギャルドなCDが存在できるとは、とても信じられない。
 例の「SEX Machine(Right side) + Larks Tongues IN Aspic PartII(Left Side)」は、本来ならただのコピーで終わるネタなのだが、恐ろしい事に左右が融合しているのである。2:36と短いのだが、実にうまく自分たちのフィールドに消化していると言える。
 最後の「Close To The Edge」も、完コピかと思わせておいてきちんと自分たち流にアレンジを効かせている。
 結局、テクニックもあるし才能もあるという証拠なのだろう。
 ただし、今時こんなにアヴァンギャルドなものは、一般に絶対受けないだろう事は想像に難くない。かく言う私だって、こんなのを四六時中聴いて過ごせる訳もない。
 だがこういう才能が一般に流れてこないのは、なんとも惜しい事である。

 昨日、成田亨の展示会で買った彼の著書「真実」を読み始める。
 これを読むと本当に彼は円谷が嫌いだったようだ。誇張でもなんでもなく、文中に名ざしで書いてあるのだ。円谷英二以後の円谷プロを嫌うのなら充分理解できるが、円谷英二その人に対しても、技術的な面は尊敬するが人間としては嫌いだと書いてある。これは早いところ全部読む必要がある。

 実を言うと、私も1970年代後半からの円谷プロの姿勢は嫌いなのである。初期のウルトラ・シリーズも子供に媚びる姿勢が嫌いであった。
 この辺の嫌いな理由を、この本を読む事で明確な言葉に出来そうな気がする。



2003年09月27日(土) 成田亨が残したもの

 午前中は子どんぐりの音楽会で、小学校へ行く。
 6年生だからこれも今回で最後だ。そう思っているのか、皆きびきびと行動していたし、流石は最高学年だけあって、演奏も概ね安定していた。まずは一安心である。
 しかし必ず合唱で「涙をこえて」をやる学年があるが、あれはそんなにメジャーな曲だったのか?

 そして午後は、ようやく七戸へ「成田亨が残したもの」を見に行ってきた。
 美術館の前に着いたら、入り口でこれから帰るという白亜森一家と会ってしまった。これはびっくり。すれ違いになってしまったとは残念。
 お子さんは太陽電池パネルを登載しているが如く、活発に動き回っていた。

 肝心の展示物だが、予想より展示物は少なかった。あれなら展示物すべての説明パンフレットを、有料でいいから用意すべきだと思うのだが。

 展示してある絵はどうしても怪獣造形が多いが、こうして一度に見ると、やはりシュールレアリズムがベースだというのが本当に良く判る。
 そしてメカを見ていると、この人は全体のイメージ・デザインから作っているという感じがした。これは後から機能を考える(あるいは適当に設定する)という流れなのではないだろうか。
 機能的にはどう考えても変だという書き込みがあったり、MJのレイブンのように巨大な戦艦のはずなのに艦載機が異常に大きかったりする。
 登場する人とスケールが合わなかったり、パースもおかしいのだが、とにかく思いついたイメージをまとめあげるという、ある種の勢いが感じられる。当時はかなり忙しかったから、番組内でのイメージを優先させ、後は現場にまかせていたのだろう。
 長年成田メカに感じていた、バランスの悪さの原因は、多分これなのだ。元々あちこちのスケールが違っていたのだから当然という訳だ。

 ところで現在の特撮界におけるメカや怪獣デザインのレベルの低さは、一体どういう事なのだろう。
 もちろんスポンサーの意向もあるだろうし、またレベルの高い人はギャラの問題もあるだろう。しかしあまりに酷すぎる。製作側に何かを生み出そうという意欲が感じられない。儲かればいいとしか考えていないのだろうか。

 製作現場もどうしようもないデザインを与えられたら、いかにそれを誤魔化して映像的に見栄えがいいように撮るかが監督等の資質だろう(これに関しては「ゴジラvsビオランテ」のスーパーX2が手本になるのではないだろうか。ひどいデザインをなんとか普通に見せる事に成功しているという、本当に稀有な例だ)。
 いずれにせよ、いつまでも過去を越えられないままの状態を放置している円谷プロの責任は、非常に重いと言わざるをえない。

 結局、成田亨は素晴らしい作品を残したのだが、それを継承するべき人や組織を残していない。円谷との確執から、残せないまま終わってしまったのだ。
 影響を受けた人は沢山いるが、本来成田がやりたかった事は、本人の死とともに消え去ってしまったのである。色々とアイデアはあったと聞いているから、これはとても惜しまれる。

 そして見終わって思うのは、あれで500円というのは、田舎で必要人数の動員が難しいという事情はあるのかも知れないが、ちょっと高いと思う。もう少し安ければ、気軽に何回か行けるのだが。
 実際、帰宅してから確認したい事を思いついたが、遠いのもあるし、どうしようかと悩んでしまっている。



2003年09月26日(金) 十勝沖って、どこが震央?

 今朝は5時前の地震で叩き起こされ、6時頃に再び大きなのが来た。
 横揺れが長かったが、幸い被害はなかった(と思う…)。とりあえず各地の知り合いにも大きな被害はないようで一安心である。

 しかし今回は十勝沖地震と命名されたが、1968年に経験したのもそう呼ばれている。あの時も凄かったが、調べて見ると1968年のは震央が三陸沖なのだ。つまり1994年の三陸はるか沖地震のそれとほぼ同じなのである。
 1968年と2003年の十勝沖地震は震央が違い、1968年の十勝沖地震と1994年の三陸はるか沖地震は震央が同じである。命名の基準はどうなっているのだろう。

 そしてこの三陸沖は、プレートの沈下が年間8センチ程らしい。つまり結構早いのだ。これでは短期間で大きいやつが来る訳だ。怖いなぁ。

 そんなニュースの後で、県の米の作況指数が県平均71、南部地区33との報道があった。とにかく冷害と言う事なのだろう。
 しかし前の冷害の時は「冷害で米が取れなかった」と言えば、無条件に補助金がもらえたのだという。そしてこの年の農機具販売数は飛躍的に伸びている。これが何を意味するか判るだろう。
 今回はそれで味をしめた人が多いのではないか、と思うのは邪推だろうか。

 前回の米不足では、買い占めたのは農業関係者である。少なくともここ県南地区では我々市民が気づいた時には市場から米が消えていた。しかも日本でもっとも早く、である。これは当時、日本各地の友人に確認したから間違いない。つまり青森県南部は、日本中の米不足のトリガーを引いたのである。
 結局県南地区の市場から米が完全に消え去ったため、私は山形の友人に米を買ってもらって、しのいだのである。我々大人はなんとでもなるが小さい子供がいたので、本当に困った状況だったのだ。
 後から色々聞くと、やはり農家は米に関しては全然困っていなかったらしい。自分の分は大量にあるし、農協も大量に保管していたのだという。この人たちは何のために米を作っているのだろう。

 そんな訳でこれ以後、私は米に関しては青森県南地区の農業関係者を信用しない事にした。選挙でも農家を支持する立候補者には絶対投票しない。当然であろう。もちろん今年の冷害でも、農家に対して同情する気はない。米は他の地区にたくさんある。別にこの地区の米に頼る必要はない。

 結局、消費者の不信を買ったのはあの雪印と同じだ。実態を知ってしまったから、もう信頼回復など不可能だろう。そう思うほど、前回の米不足の時に県南農業関係者がとった自己中心的行為が許せないのである。



2003年09月25日(木) またも映画ラッシュ

 今週末から「S.W.A.T.」が始まる。そして来週から「バリスティック」、次の週から「リーグ・オブ・レジェンド」である。これは大変だ。何だかんだ言っても、結局こういうB級アクション系が好きなのである。
 ただし少なくともアクション・シーンだけはシリアスなのがいい。本編がどんなにギャグだろうがアホだろうがバランスが悪かろうが、アクション・シーンがリアルだと許してしまうのであった(だから「トゥームレイダー」のように、ラストが殴り合いになるのは好きではない)。

 しかしだいぶ以前から、映画の題名は原題をストレートにカタカナ化しているものが多い。これは良し悪しなのだが、業界が一律にそう決めているから仕方がないなぁ、なんて思っていた訳である。「バリスティック」も、「BALLISTIC」なのでちょっと発音的に違和感があるが、まあセンスのない映画界だから仕方がない。

 しかし、である。「リーグ・オブ・レジェンド」ってのは何なんだ?
 原題は「THE LEAGUE OF EXTRAORDINARY GENTLEMEN」なので、これでは意味が判らなくなってしまうと思うのだが…。
 中途半端に判りやすく、なんて考えない方がいいと思うのだが、普段映画を観ない一般大衆を映画館に呼ぶためには仕方がないのかもしれない。
 でもそれなら「サラマンダー」とか「リベリオン」のように、豪快に変えてしまった方がいいと思うぞ。

 ところでこれらの映画をどこに観に行くか、である。
 一度、八戸のヨーカドー跡にできた「チーノ」とかにも行ってみたいが、観に行った会社の人の話では「天井が低い」「前の席の人が邪魔」という、いかにも当然な答えだった。しかも全席指定なので、動けないらしい。
 300円で2〜3本観られた名画座じゃあないんだから(これは例えが古いか)、スクリーンはある程度大きくないと困る。やはり全国ロードショーのアクション系なら、遠くとも下田に行った方が良さそうである。



2003年09月24日(水) いろんな危機

 まこさんのところを覗いていたら、『ルインズ波止場の「Close to the RH 嬉嬉」』というアルバムが紹介されていた。
 アルバム・タイトからも判るように、イエスの「危機」のカバーも入っていて、これは完コピらしい。しかし問題なのは5曲目である。
 トラックの右側でSEX MACHINE、左側でLARKS TONGUES IN ASPIC PART2をやっているのだ。つまりジェームズ・ブラウンとクリムゾンの曲を同時演奏しているのである。これは面白そうだ。
 こんな物がメジャーレーベルから出ているとは思えなかったので、どこで買えるが調べてみたら、なんとアマゾンで買えるではないか。こんなのは絶対マイナーな所から出ているのだろうと思っていたので、意外であった。こうなると、ちょっと少しとっても欲しいぞっ。

 しかしこういう手法って、昔はアヴァンギャルドとか言われたものなのだろうか。いや、こういうのはアヴァンギャルドとは違うか。いずれ現在では基本的にはざらに見かける手法ではある。
 結局1960年代後半からありとあらゆる手法が試され、新しい手法というのはある意味で底をついているのかもしれない。プログレだって、手法だけで言ったら同じである。本当に手法だけで驚かされる事は、この先ないのかもしれない。

 ちなみにアヴァンギャルドという言葉が、元々は軍事用語だったとは最近まで知らなかった。
 現在では「アヴァンギャルド=前衛的」という意味のフランス語として定着しているが、本来は大部隊の前哨となって戦闘する精鋭部隊を指したのだという。
 小学校の頃にはすでに芸術分野で一般的な言葉だったとは言え、これは不勉強であった事だよなぁ。

 軍事用語と言えば、東奥日報の記事で「冷戦時代に三沢で核爆弾投下訓練をしていたという証拠写真を発見」という記事が載っていた。
 これによると、「三沢市の天ケ森射爆場(米軍名・リプソー)に、米軍三沢基地の戦闘爆撃機が核爆弾投下訓練用に使っていた『核の標的』が存在していた事が当時の航空写真で分かった」のだという。やはり当時から三沢は核戦略の重要拠点のひとつだった訳だ。

 しかし、続いて「三沢基地に配備されていた第三九航空師団の機密文書によると、核爆弾の投下訓練は、野辺地町方向から太平洋側の天ケ森射爆場に向かって行われた。指定高度は100フィート(30メートル)で、命中精度を上げるため、投下時には50フィート(15メートル)まで降下することが求められた」と書いてあるのだが、水爆を投下するのに高度30メートルって低すぎないのだろうか。
 なにせ「訓練で投下を想定していたのは、Mk28Mk43と呼ばれる新型の水爆で、最大破壊力は広島型原爆の70倍に当たる1メガトン」なのだそうだから、そんな水爆で精密投下もないもんだ。
 そもそも一般的に知られている核投下機動は、そんな低空では行わない。なぜなら投下した爆撃機が離脱できないからだ。一体どういう訓練意図だったのだろう。
 なんだか胡散臭い訓練ではないだろうか。



2003年09月23日(火) 地震予知の公表

 FM電波の異常から地震予測をしている串田氏の事が民放のニュースで取り上げられていた。
 現状では観察値を集積し、実際の地震データとつき合わせて傾向を確定する段階なのだが、ある程度まとまりつつあるようだ。串田氏はデータ分析の基本的な話をしており、いかがわしい部分は感じられなかった。

 ちなみに、以前会社にもFax.が来ていたが、某セクションで一人締めして、当たったはずれたと喜んでいたが、そういう問題ではないだろう。
 まあ確かに「一般大衆」相手ではパニックになる恐れがあるが、やはりこの東北地方は地震が多い地区なのだ。事前の準備ができれば震災後は非常に楽になるから、やはり公表は必要だ。
 少なくとも水の確保は必要なのである。予報が来てから貯めるのが、衛生面からも実は一番良い。一般的には、水をポリタンクに貯めていても、なかなか定期的に交換は難しいのが現状であろう。
 結局は、天気予報と一緒でいいではないか。60%以上の確率が得られるようなら充分である。
 地震の予報とは、事前の心構えと地震後のライフラインの確保なのである。

 まあそれを聞いて疎開させるような奴は、多分最初にパニックに陥るような気がするから意味がないが。
 マスコミのニュースを見ていると、その本質が判っているのか、非常に不安である。地震予知はいかがわしい擬似化学(正確にはエセ科学だ)とはまったく別だ、という認識が本当にあるのかどうか(判ってないからデマと科学の違いが理解できない…)。
 この場合は、理論付けなど後でいいのだ。現象を分析して有効値が多ければ、それでいいのである。なにせ人命がかかっている事なのだから。
 今までの科学の発展だって、そういうものであったはずだ。理論と実験値が最初から一致するなどという事はなかったのである。やはり日本中が、科学的思考から程遠いところまで来ているような気がしてしまう。

 そんな中、色々とデジカメ関係の記事を読んでいるのだが、読めば読む程、あと一年くらい待った方が良さそうな雰囲気だと感じる。つまり様々な問題に対して、徐々に解決策が見えてきているのだ。このあたりは、写真業界の雰囲気が決まってくるとメーカーの動きも速くなり、上位機種に採用された技術が下位機種へ転用されるペースも速くなる。
 しかし一番気になるのは、CCDのホコリ対策だ。オリンパスが超音波の振動で落すという、キャノンがやりそうな事を先駆けてやってしまった。メーカーの意地を取るか、とりあえずマネをするか、今後のキャノンの動向が楽しみだ。

 それとレンズの問題も、意外と大きい事が判ってきた。
 現在使用しているレンズは、デジタルカメラに対応していないので、結局それなりのデジカメにした場合、レンズも一緒に買わなければならないかも知れない。
 もちろんデジカメ対応でなくともそれなりに写真は取れるが、デジカメはCCDの性質上、「有効な光は面に対して垂直に、かつ斜めからの余計な光は入らないように」というレンズである方が望ましいという。
 そうすると、あえてキャノンにこだわる必要はなくなる。まあ現時点では10Dがベストだが、今後はどうなるか判らない。

 キャノンといえばEOS KISS DIGITALが出たが、写真雑誌で見ると外装がいやに貧弱だ。まるで中国のまがい物、という感じである。もちろん価格を下げるためには仕方がないのだろうが、仮にもキャノンである。あれでは「カメラを持つ」という気になれないではないか。
 やはりなだかんだ言っても、カメラは趣味の領域にある。全く気にしない人は、一眼レフなど買わないものだ。そういう趣味の世界には「持つ喜び」というものがあり、これは非常に重要な要素である。現在の電子機器の中で、最も趣味の世界に近いのはカメラなのではないだろうか。これは使うとき常に手に取リ、目の前にあるからだ(あ、これは楽器でも言える事か)。
 今回のEOS KISS DIGITALの性能は10Dと互角だし、価格も安いからコスト・パフォーマンスとしては最高であるのだが、外見からは「???」という感じである。



2003年09月22日(月) 怪奇大作戦のDVD

 ついに「怪奇大作戦」がDVDで発売される事が決定した。
 全6巻のバラ売りで、年末から順次出る事になるらしい。ボックスでないのはいい事だ。しかも1巻あたり\3,800と、以前のウルトラセブン等と同じ価格だ。

 今回も当然ながらリマスター処理を施しているのだが、公称ではリマスター作業に2年、一話あたり200時間かけているとか。
 そう言えば3年前、ちょうど版権がバンダイの子会社から他の会社へ移ったと言われていたが、その情報で皆DVD化を期待していた。やはり当時から準備が進んでいた訳である。
 いずれにせよ、綺麗になった映像は是非見たいものである。

 しかし今回の発売のアナウンスでは「全話発売」と謳っているが、実は24話が欠番となっている(ウルトラセブンは12話が欠番で、今度は24話、次は?…)。これはあの「狂鬼人間」だ。多分ファンは皆がっかりしているだろうが、今回のはウルトラセブンと違い、かなり明確に問題となる可能性があるから仕方がないとも言える。以前も書いたが、憲法第39条を否定しかねない発言があるからだ。
 そういう事情として判らないでもないが、外すならそれはきちんと表記するべきだろう。この辺で円谷の事なかれ主義を感じてしまう。所詮は自主規制なのである。

 話は変わって、模型雑誌を立ち読みしていたら、とんでもない広告を見つけてしまった。ペーパークラフト・モデルの「ニミッツ」である。
 何がとんでもないかと言うと、サイズが「1/72」なのである。これはまがりなりにも空母であるから、全長が5メートル近いのだ。元々は展示会等で1/72の戦闘機を載せるのに利用するために作られたのだろうが、しかし大きい。
 それでもさすがはペーパーだけあって、価格は5万以下なので展示会用なら安いと言える。
 ちなみにアイランドだけでも売っているという。こちらは8千円しなかったはずで、ジオラマの背景としてなら使えそうだ。
 しかしこんな物を作る人がいるとはねぇ。



2003年09月21日(日) 第六大陸

 ようやく「第六大陸(1)(2)」を読了。
 実は2巻目だけは書店にあるのだが、なかなか1巻目が見つからず読めなかったのである。こういうのは本当に困ってしまう。小さな町の書店の弱点の一つだ。
 文庫本一冊だとネットで注文というのも躊躇われてしまう、所詮私は小市民。

 この小説、一言で片づけるなら「月面開発のプロジェクトX」である。ただし民間企業が民間施設を建てる話なのだが。
 「壮大なる夢」「画期的なエンジン」「難航する有人飛行計画」「月面基地の目的」「月へ」「まさかの死亡事故」「思わぬ圧力」「資金不足」「計画中止か」…(ネタを明かさず説明するのに便利なフォーマットだなぁ)。
 まあ「プロジェクトX」自体が、昔からあるフォーマットのひとつをテレビに応用しただけで、だから初期の番組は面白かったのである。
 現在はたかが営業の話まで同じフォーマットだから、つまらないのだ。

 それはともかく、この小説の内容に関しては夢物語ではない。あと少し人類が努力すれば、到達できる可能性が高いという範囲で書かれている。そういう意味ではよく考えられていると言える。
 ただし純粋に小説としてみた場合、私としてはこれはジュヴナイルの範疇だと思う。もちろん非常に優れたジュヴナイルだが。
 これは読んでいて、あまり危機感が感じられなかったためだ。どうしても展開が、確実なハッピーエンドへ向かっているようにしか感じられなかったのである。特に主役の二人の描写があまりに典型的であり、また周囲の重要人物も、皆色々な意味で熱血漢だというのも気になったが、そうでなければ、これは成立しない類の内容なのも事実だ。
 そういう熱血漢が集うラスト付近は、読んでいて照れてしまう程だ。
 それでも、面白いのは間違いない。結構技術的にハードな内容も記述されているのだが、かなりハイペースで読めてしまう。まあ宇宙開発が好きな人には、かなり楽しめる内容だろう。

 しかしラストに向けて一気にSFになるとは思わなかったなぁ。
 やはりこれはクラークを意識しているのだと思うが、ちょっと唐突な感じがする。このへんもジュヴナイルと認識してしまう所以である。
 このラストのせいで、結局は月へ行く動機があいまいなままで終わってしまっている。これはかなり惜しいと思うが、実際問題として、この手の動機付けというのは説明が難しいのも確かである。このあたりでよしとしなければならないのかもしれない。
 そういう意味でも、クラークというのは上手かったと思う。



2003年09月20日(土) 予想通り小泉圧勝

 昨日は、会社の忘年会用の場所を下見してきた。
 やはり90人を超えるため、物理的に無理だった。料理も全体に味が濃いから、年寄りにはダメだろう。ここはパスするしかない。たまには雰囲気が変わっていいと思ったのだが…。
 しかし90人を超える人員を収容する会場となると、結局ホテル系になってしまう。つまらないが仕方がない。
 場所もそうだが、忘年会でのネタも決めないといけない。大人数の上、年齢差も大きいから、何をやっても全員が楽しめるというのは難しい。
 さて、どこにしたらいいものやら。予算もないしなぁ。

 そして総裁選は、予想通りの小泉圧勝である。現状では当然だろう。
 しかし驚いたのは、亀井は本気で勝つつもりだったのだという。周囲のマスコミが政治記者だけで、一般大衆および財界の声が全く聞こえていなかったらしい。実に信じられない事だ。
 現在の一般的政治家というのは、所詮この程度のものなのだろうか。まあ、周囲がイエスマンだけだと身を滅ぼす、という典型的な例か。

 しかし小泉という人は、派閥解体を謳っているが、他の派閥はもとより、自身が所属する森派の意向も無視している。これは今までやろうとしても出来なかった事で、これが上手くいっているから派閥政治のトップである野中などが怒るのである。こうして徐々に派閥のトップが力を失っているのだ。これは充分評価していい。
 このまま上手くいけば、本当に派閥政治がなくなるかもしれない、と淡い期待を持ってしまう程すごい事をやっているのである。

 それに対して、今回は野党が本当にだらしがない。「高速道路の無料化」などと実現不可能な事を公約にするようでは、野党としての存在価値がない。そもそもこれでは「人をおちょくっているのか?」と疑いたくなる。
 本当に現在は、長期的な視野で政治を司る人間がいなくなってしまったのだと、つくづく思う。

 そんな中、NHKでオーロラの特集を組んで放映していたが、流石にきれいである。
 一般的にオーロラのカーテン上の部分の厚さは500メートル位なのだそうだ。しかしなぜカーテンのように揺らぐのかは、未だに解明できていないというのは意外だった。大気と電子の関係から判らないのだろうか?
 本当に不思議である。

 また、オーロラの音が聞こえる人がいるという。
 空が澄み切って、オーロラが最大になると聞こえる事があるらしいが、オーロラに物理的な音があるのだろうか。電子の流れに脳などの水分が反応している音なのではないだろうか。
 これはレーダーサイト周辺でよく聞かれる現象だが、これだけ色々な研究者がいるのだから、そう簡単な話ではないのだろう。

 いずれにせよ、ダイナミックに神秘的なものは、その現象が科学的に解明されてもやはり感動するのである。科学的に解明されると感動がなくなるというのは、たわ言でしかない。頭で考えるのと目で見るのとでは、やはり違うのだ。
 オーロラは一度でいいから、本物をこの目で見たいものである。

 さて、ピンク・フロイドの「狂気」のDVDが出ていたはずだ。それと「サラマンダー」のDVDも買わなければ。例の「帝国の逆襲ゴッコ」は笑えるぞ。
 来月には「リベリオン」が出るが、これは予約しないとダメだろう。結局東京でしか公開されなかったマイナー作品扱いだからだ。でもあのGUN-KATAは一見の価値がある。映画館で観たが、早過ぎて一部判らなかったところもあるから、早く確認したいものである。



2003年09月19日(金) れっと・いっと・びー???

 11月にビートルズの「レット・イット・ビー」がニュー・ヴァージョンとなって発売されるという。タイトルは「レット・イット・ビー…ネイキッド」。

 構成は、昔の物より1曲少ない全11曲で、「ディグ・イット」「マギー・メイ」の2曲を外し、代わりに「ドント・レット・ミー・ダウン」を収録。曲順も「ゲット・バック」が1曲目となる。
 ただし今回の目玉は、「デジタル技術で、編集でオーバーダブした部分を削除する」というものだ。つまりファンにはブートの「ゲットバック」として知られるアルバムに近い物となるのだろう。

 元々このアルバムは、解散直前であるメンバーの不仲が原因でアルバムとしてまとまらず、フィル・スペクターがオーケストラや女性コーラスを入れ、音響処理からアルバム構成まで行って作られた物である。そのためか、曲自体の出来はともかく、アルバムとしての完成度は著しく低い。
 ただしこれはフィル・スペクターの責任ではない。むしろ彼はあの最悪な状況で良くやったと言えるのだが、ポールは彼の作った物が気に入らなかったと言われている。
 そして今回発売されるのは、そのオリジナルに近くなるよう、後から重ねた部分はデジタル除去するという。これはつまり、トラック毎のオリジナル・マスターテープは存在しない、という事になる訳だ。
 やはりこれは、オリジナルときちんと聴き比べてみたいものだ。

 ただ、前述のようにビートルズのアルバムとしては、出来が非常に悪い。私の中ではワースト1である。末期であれではどうしようもない。ほぼ同時期に「アビイロード」という大傑作を作れるグループだったのだから、やはり失敗作なのは間違いない。
 だからこそ現在になって手を入れる事が可能なのだ。他のアルバムに手を入れる事は、冒涜というものだ。不完全な形でリリースされたアルバムだからこそ、許されるのである。

 一部のニュースでは「傑作」等と喧伝しているが、それはビートルズをちゃんと聞いた事がない奴の無責任な意見である。おそらくまともにビートルズを聴いた事がないのだろう。
 確かに一曲一曲の出来はいいが、アルバムとしては最低なのである。そんなアルバムだという事は、なにより本人達が一番判っているのだろう。なにせその時の状況を克明に記録した映画の「レット・イット・ビー」は、1970年末期から以後ほとんど公開されていないしソフト化もされていない。
 アルバムに自信があれば、映画の内容は関係ないはずなのだ。

 この映画は映画館で見ているが、メンバー間の確執は、とにかく凄かった。見ていてハラハラするのである。良くあんな内容の映画を公開したものだと当時は思ったが、今回のニュー・ヴァージョンのCD発売は、その映画公開に向けての伏線なのだと思っている。現在はポールが反対していれば、どうしようもないのだから。
 つまり、この企画を出した奴はかなり頭がいいと言える。

 近いうちに映画の「レット・イット・ビー」がソフト化される可能性が高いと思う。



2003年09月18日(木) 今年もESIFCONの開催決定

 ESIFCONの日程が決まった。
 さすがは「行き当たりバッタリのジャンケンで実行委員長を決定する」という方式を20年近く続けただけの事はある。意外と日程と場所だけはきちんと決まって、過去これに関してのトラブルはない。
 肝心の日程だが、今年は11月22日(土)から23日(日)で例年より少し遅い。場所は相変わらず「きしもと」である。
 メールを見ると、今回の実行委員長は工藤君だったようで、会田君だと思っていたのだが、勘違いだったらしい。この辺がいかにも行き当たりバッタリだ。
 そして来年はいよいよ20回目になる。少しは派手にやりたいと思うのだが…。

 しかしESIFCONの日程が後ろにずれたので、こうなると「お江戸でロオク」に行こうと思えば行けるではないか。
 そろそろ「フロヰ道」が見たいし、せっかくビデオを送ってくれた「よたろう帝国」を見られる数少ないチャンスでもある。流石に関西までは行けないからなぁ。
 結局問題は金銭的なものだけである。いよいよこれはプロマイドを売る事を真剣に考えなければ。ただし東京や大阪の専門店だと、持参しなければならないだろうから、見積もってもらうだけでも一仕事になってしまう。さて、どうしようか。

 いきなり話は変わるが、椎名桔平と山本未来が結婚したという。
 普段ならこういう「いかにも芸能系」というニュースには興味がないのだが、この二人は90年代版「怪奇大作戦」と言われる、あの「ブラック・アウト」の主役なのだ。
 付き合うきっかけはこのドラマだった訳で、直後から「この二人は、いずれ結婚するのか?」と私が思っていたくらい、良く一緒に行動していたのである。
 しかしこの時の山本未来は20歳だったのだが、とてもそうは見えなかった(もっと歳がいっているのかと…)。
 それはともかくこの「ブラック・アウト」、テレビ・シリーズなのであたりはずれはあるが、見て損はない、と思う。演技はまだ下手だけどね。

 その彼等の歳だけ確認しようと芸能系のニュースのページを見たのだが、すぐそばにあった北野監督の「座頭市」(これ、漢字変換してくれない…)についての解説を見て「???」となってしまった。
 つまり「これは昔の勝新太郎に同じネタがある。それをそのままでパクっただけで、違いは髪の毛の色だけだ」と非難しているのだが、どうもこれを書いた奴の意図が判らない。これはリメイクなんだから、パクリも何も、基本的に似た内容になるのは当たり前ではないか。
 なにも知らない素人の投稿ならともかく、一応ちゃんとした記事である。芸能系の連中の頭脳程度って、こんなものなのか?
 書く奴も書く奴だが、それを通す奴もどうかしていると思うぞ。



2003年09月17日(水) 押井の手の内

 名古屋の爆発事件では、経緯はともかく警察は「爆発させるとは考えていなかった」というコメントを出している。本当に何を考えているんだか(いや、「自分で対処できない事は、想定しない」という官僚体質なんだろう)。
 ガソリンの爆発力は、2001年5月に弘前で起こった武富士の事件で明白である。ガソリンは気化してしまうと爆発しやすい非常に危険な状態になる(だから軍用車輌はディーゼル機関を利用するものが多いのだ)。
 仮にも警察たるものが、それに対する対応策をとらなかったとは、呆れてしまう。犯罪検挙率が下がる一方だと言うのが良く判るし、過去の犠牲がすべて無駄になっている訳だ。
 もはや今の警察は、我々一般市民にとって当てにはならない。冷静に考えれば、思い当たる事例はいくらでもあるのではないだろうか。
 なんて一般市民がいくら憤っても仕方がない程、今の警察はダメになっているという事だ。

 さて、某押井の掲示板に、例によって「熱風」に載ったエッセイの抜粋が載っていた。なんと最終回なのだそうな。「首都圏の書店で無料配布」なので、地方では入手も出来ず、非常に悔しい。
 まあそれはともかく,最近の押井は自分の手の内をどんどん曝け出しているが、これは彼なりの後輩育成策なのかもしれない。実に判りやすいし、丁寧である。大体これを素人が読んだところで、押井の研究以外何の役にもたたないが、映像関係の若手にとっては非常に参考となるだろう。

 そんな内容だが、今回「攻殻機動隊」について、「この作品が実はきわめて合理的に作られている、つまりとことんケチに作られている」という描写がある。
 実はこれは薄々感じていたが、こうあからさまに言われると、感心を通り越して呆れてしまう。特に「デジタルを売りにしているわりにはCGも実は五〇カット程度に過ぎず、それらしく見えるのは全てビデオエフェクト」だというところでは、やっぱりねぇと納得する。
 フォトショップで言えば、ほとんどフィルターワークだけである。

 これについては、もう少し詳しく読まないと判りにくいかも知れないが、とにかくある程度ヒットする事を前提にセットし、なおかつ教科書的に作ったと言う事なのである。だから彼の作品にしては平凡なのだ。
 つまり「攻殻機動隊」は、押井にとっての「カリオストロの城」なのである。



2003年09月16日(火) 成田亨の展示会が始まった

 以前紹介した『アートツアー・イン青森「成田亨が残したもの」』が、七戸町の鷹山宇一記念美術館で開催された(9月13日−10月13日)。
 まあこれは近々見に行く予定だが、なんでも会場では500体限定のフィギュアが売られているという。一体何のフィギュアなんだろう。しかも価格は一万円…。
 気にならないと言えば嘘になるが、買うかどうかはまた別の問題だ。

 しかし成田亨のデザインは、明らかにシュールリアリズムを意識しているが、ちゃんとした基礎を勉強をした上でデザインされた怪獣は、彼以後は皆無と言っていい。
 彼が否定するただの奇形化や生物の模倣だけなのだ。しかも基礎がないから成田亨のマネすらできない。悲しいものだ。
 何事も基礎がないと飛躍も出来ない、という事なのだろうか。

 ところで9月9日の日記で、公共施設の全面禁煙に反対するアホウの事を書いたが、なんと今日の新聞にまたまた禁煙反対の意見が載っていた。いい加減に新聞はそういうバカの意見は載せない勇気も必要だろう。
 いわく、喫煙は憲法で認められた自由なんだと。吸わない自由と言うのを無視した意見なのである。とにかく内容は書くのもバカバカしいほど矛盾に満ちている。

 ただ、特にお笑いだったのが「そんなに禁煙させたければ、立法の働きかけをすればいい」と言っている所だ。どうもこの人は、アメリカにおける禁酒法の顛末を知らないらしい。これを書いたような人がいる限り、法で規制しても意味がないのがまるで判っていない。
 結局、過去の歴史を勉強せず、過去が証明している過ちを繰り返すから、こういう人は愚か者と言われるのだ。

 公共の場における喫煙の権利とやらを絶対的に主張する奴と言うのは、自分勝手で頭が悪いとしか言いようがない。こんな奴は社会から排除してもいいのではないか、と過激に考えてしまう。その方が子供たちの未来のためには、絶対いい。

 結局、マナーとして吸わない人の事を考えている喫煙者も、こういう愚か者が存在するためにどんどん日陰に追いやられる事になるのだ。

 ところでここまでバカバカしい主張だと、逆にこれは非喫煙者の陰謀なのかも、なんて内容の本って、誰か書いてないのかな。そろそろ出ていてもおかしくないような気が…。



2003年09月15日(月) コンチェルト・グロッソ

 ようやくニュー・トロルスの「コンチェルト・グロッソ・ライヴ」を見つけたので購入。去年出ていたはずなのだが、なかなか見つからなかったのである。
 ついでなので、マイク・オールドフィールドの「CRISES」も一緒に購入した(何がついでなのか、良く判らないが)。

 「コンチェルト・グロッソ N.1」「同 N.2」は1970年代後期、キングのユーロロック・シリーズにおいてアトールの「組曲・夢魔」とともに我々の世代にヨーロッパのグループの凄さを教えてくれた。個人的にも非常に思い入れがある。
 そしてこのシリーズは、特にイタリアの奥の深さを見せつけてくれたものである。
 なにせ現在はCDで簡単に入手できる1970前後の一般的な名盤が、1980年前後はことごとく廃盤になり、輸入盤以外は入手できない状態だった。そんな状態でキングのユーロロック・シリーズは良質のアルバムを安く提供してくれたのだから、ある程度ははまっても仕方がないのである。

 このライヴはその「コンチェルト・グロッソ」のN.1とN.2を、2001年頃にオーケストラとライヴでやったものだ。元々が非常にクラシック寄りだった事もあり、本当に当時のまま、という感じである。まあ現在も現役なだけあって、テクニック的には全く不安がない。
 ロックにおけるこういうクラシック寄りのアプローチは聴く人を選んでしまうのだが、まあ私の場合思い入れが強いから、いい物はいい、という事になってしまう。

 しかし知らなかったが、初期のキーボードを担当していたMario Salviはその後クラシック畑に転向し、今回のミラノ・フィル・オーケストラの指揮と音楽監督を務めているのだそうだ。
 やっぱりヨーロッパのロック界は面白い。
 そしてライナーには、1980年代からずっと噂されていた、あの「コンチェルト・グロッソN.3」にいよいよ着手したという情報が載っていた。まあ今度もあまり期待はしないでおこう。
 とか言いつつやはり気になってしまうのだ。ずっと待っていたから、是非出して欲しいものである。

 ちなみに当時、カメリア・ダイアモンドのCMで「コンチェルト・グロッソN.1」の曲が使われかなり話題になり(もちろんユーロロック・ファンの間で、だが)、なんとシングル・カットもされた。あの頃から徐々に、CMでロック系の曲が使われるようになったのである。

 それから、今回一緒に購入したマイク・オールドフィールドの「CRISES」だが、これはリマスター盤だ。彼の80年代の作品は、聴いた事があっても実はあまり買っていない。あまり好きになれなかった作風の時代だからだ。でも今は「Moonlight Shadow」を違和感なく聴けるようになったし、全てリマスター盤が出たのに合わせて、徐々に揃えたい。どうせあと数枚だ。
 それに何故彼が今回、チュープラーベルズをリメイクしたのかを検証するためにも、これは必要だろう。

 なおこの「CRISES」には、一曲だけジョン・アンダーソンが参加している。本当は今日、RHINO盤「危機/イエス」が欲しかったのである。なかったから諦めて「CRISES」を買った、という訳ではない。
 しかし「危機」は、もし買うと5枚目になるが、とにかく今回のはボートラが凄い…。
 まったく我々の世代はネギを背負っているのだと、つくづく思う。



2003年09月14日(日) 楽しい科学館

 という訳で、二戸の科学館へ行ってきたのである(どういう訳だ?)。まあ久々に子どんぐりが行きたいと言ったので、それを尊重しただけなのだが。
 行ってまず、偏光フィルムを利用したブラックウォールという、仮想の壁が見える筒を作る。原理が判っていても、やはり錯覚ではなく光の偏光で壁があるかのように見えるのだから、やはりインパクトはある。
 ちなみにこの偏光フィルムは、あまり安くないそうだ。

 これが終わって、ちょうど科学実験コーナーで「各種爆発実験」が始まったので、それを見る。入浴剤をフィルムケースに入れて爆発させる(二酸化炭素だからね)、エチルアルコールを空き缶に入れ、紙コップを飛ばす酸素1と水素2で着火して爆発させる実験、等々意外と面白い。特にゴムチューブ(特殊な奴で破裂はしない)に酸素と水素を入れ、皆で握った状態で爆発させる奴はかなり面白い。しばらく耳鳴りがしたが…。

 なお、ドライアイスをペットボトルに入れて爆発させるのは、かなり危険なのだそうだ。これは破片が鋭い状態で飛散するので怪我をしやすいと言う。だから台座に固定したフィルムケースに入れ、なおかつ太いゴムにフタを繋ぐという状態にして実験を行ったのである。こういう材質は万が一の場合でも飛散しないのである。
 この時、東京での事件をふと思い出したが、たかがペットボトルにドライアイスじゃないかと思っていたのが大間違いだった訳だ。
 やはり実験なり、経験者の言葉を聞くというのは、実に重要だと痛感する。

 しかしこの実験担当の人は、なかなか話術も巧みである。やはり子供相手にはこういう人も必要である。小難しい顔して教えられては、面白さも半減する。
 さらに子供相手の実験なので、事故には充分配慮しているのだが、この時の子供から「もし爆発したらどうするの?」という質問に対し「もちろんこういう実験だから絶対大丈夫とは言えません。だから万が一を考えておくのです」と答えていたのは感心する。
 大体、田舎のこういう施設だと「大丈夫です」と言い切る人がほとんどだ。危険だからこそ安全策を考えるというのは大事な事であり、これこそが子供に教えるべき事である(過去の原発事故を見ればよく判るでしょ)。

 その後葉脈標本を作る。小学校の時授業でやったのだが、すっかり作り方を忘れていた。
 しかし最近の小学校では、こういう実験すらやっていない。授業数を減らして何がゆとりの授業なんだか。小学生には教えなければならない事がたくさんあるのだぞ。

 この辺を入力しながら、ネットの新聞を見ていて、いくつか思った事。

 防衛庁が北朝鮮の弾道ミサイル「ノドン」の監視とミサイル防衛(MD)導入に合わせ、探知目的に性能を向上させた新型レーダー「FPS−XX」(仮称)を開発し、2006年度予算に1基分として150億円程度を要求する方針を固めたとの記事が載っていた。
 この新型レーダーについては「電子的走査で電波の指向を制御する方式を採用。航空機より高速で反射面の小さい弾道ミサイルをとらえる高い能力を目指している。」と書いてあるので、これはフェイズドアレイアンテナを使用したレーダーであろう。このへんは日本のお家芸であるから、技術的にはそう難しくない。

 しかしその反射面の小さいミサイルが飛んできたと判った時、どう処理するつもりなのだろう。
 現状では弾道ミサイルを確実に撃ち落す手段は、日本に存在しない(他の国にもなかったな)。つまり日本に向けて発射されたら、それで終りなのである。
 戦闘機だって領空内でなければミサイルはおろかバルカン砲すら撃てないし、撃ったところでマッハ5前後で飛んでくるミサイルは確実に落せる訳ではない。対空砲にしたところで、ドイツのゲパルトと同じエリコン社のシステムを積んだ87式があっても、有効射程距離と搭載弾数の制約があるし、そもそも車輌の絶対数が足りない。車輌価格があまりに高く、まだ数輌しか配備されていない。対空ミサイルも命中精度から言ったら似たような状況だ。
 軍事目的なのだから、ミサイルが飛んできた場合の対処法を考えなくては、何の意味もないのだが…。

 あとここ数日、あちこちで突然工場での事故が報道されている。これはこの時期に突然増えた訳ではない。いままではもみ消していた事故が、明るみに出ただけである。
 例のブリジストンの事故があまりに大きく、いつもならもみ消してもらえる程度の事故でも、官庁関係やマスコミ関係が公表しているに過ぎない。これは色々裏事情を知っているから…。

 そして、埼玉県の西入間署で暴発事故があったが(私は暴発事件と呼ぶべきだと思っている)、これは49歳の警部補が日直勤務のために格納庫に入り、拳銃に実包を装てんし終えたところ、誤って引き金をひいた、という事になっている。
 今時あやまって引き金を引くとは教育がなっていない。本来の暴発とは、撃発状態の銃を落すなどの外的要因での事故を言うのであって、このように引き金を引くなど、今日びのガキ以下である。こういう奴は即刻再教育するべきである。

 しかしこんな奴等が治安を荷っている? 不祥事続きの警察である。もう少し教育をきちんとした方がいいと思うぞ。なにせただの公務員と違って、人を殺す権限を持っているのだから



2003年09月13日(土) イエティの正体見たり

 東奥日報に「雪男はヒグマだった」という記事が載っていた。
 イエティと呼ばれるものは、現地でヒグマを指していたという訳である。大昔はヒグマの被害に会っても自然の驚異として受け入れるしかなかったのだから、当然「自然=その土地の神」として崇める対象となる。実際現地では、ヒグマに畏敬の念を抱いていたそうである。
 今回調査した登山家・根深誠氏によれば、雪男と訳されている動物は、シェルパ語で「イエティ」、現地では一般に「メティ」、ブータンなどでは「メギュ」、チベットでは「テモ」と呼ばれ、いずれも同じ動物で、ヒグマの仲間の「ヒマラヤン・ブラウン・ベア」だったのだとか。

 記事には『これまでの探検隊が「想像図の雪男」を追い求めたのに対し、全く逆のアプローチでその謎に迫った。「地元の人たちが雪男と呼んでいる動物は一体何なのか」。』とあるが、それはあたりまえの科学的考え方である。
 今回の調査で結論を出した根深誠氏の「なぜ現地の人々の話を信じないのだろう。これまで探検隊は、雪男の正体を暴く機会を逃してきた。固定観念にとらわれ、昔作られたイメージを追い求めているだけだ」という発言は正論であり、正しい科学的思考である。
 逆に言うと今までの研究家と言われる連中は何だったのか、という事だ。実に時間を無駄にしてきた訳である。

 そして大塚博美・前日本山岳会会長など、夢は夢で残して欲しいなどとふざけたコメントを出しているが、それははっきり言って愚かな発言だ。
 どうもこの手の超常現象が解明されると、必ず「夢を壊してほしくなかった」などというコメントを出す人が出てくるが、これは個人レベルならともかく、それなりの立場にいる人は言うべきではない。
 こういうものは原因をきちんと分析できれば、今回のように過去の文化の解明、そして人類の文化の歴史というものが見えてくるのに、どうも訳の判らないものはそのままにしておくという風潮がある。これは思考する事を放棄したという事だ。

 超能力でも何でも、きちんと調べないから詐欺まがいの連中がはびこるのだし、おかしな連中ものさばるのだ。夢は夢としても、不思議だと思ったら原因を解明したいと思わないのだろうか。それで自然現象なりインチキなりの結論が出ればそれでいいではないか。
 インチキをいつまでも不思議なものとして扱うのはバカ者である。過去の数々の現象が、科学的に解明されてもなお残るものをちゃんと研究すればいいのに、明らかなインチキに時間をとられるなんて、もったいないではないか。そういうあたりまえの事になぜ気づかないのだろう。

 多分今回の発表に対して「夢を壊した」と投書する人も出てくるだろう。そういう人は超能力を詐欺に利用する奴に簡単に騙されてしまうタイプだ。こういうコメントは人類の歴史にとって百害あって一利なし、である。本当に責められるべきなのは、このように考える事をすべて放棄する風潮がはびこる現在の日本社会であって、断じて根深氏ではないのだ。

 科学的思考が出来なくなって久しい現在の各メディアは、この研究成果の結論をどうこう言わず、素直にその研究過程を評価すべきである。



2003年09月12日(金) 結果が見えてる総裁選

 総裁選ら向けて、いよいよ各立候補者がヒートアップしているようだが、どうせ小泉の再選であろう。
 各人の論調を聞いていると、亀井など論外だが、他の人も小泉に代わって何かができるとはとても思えない。景気回復経済再生なんて言っているが、小泉以上の事ができるとはとうてい考えられないお粗末な内容ばかりだ。
 つまり小泉よりマシな奴がいないという事だ。少なくともデフレというものを世界標準で捉えている今の内閣の方が、はるかにマシなのである。

 大体、野中は引退すると騒いで小泉にケンカをふっかけ、波紋を広げているのだが、所詮郵政族であり、また派閥政治のトップでもある。まさに小泉と正反対の考えであり、いまさら同調できる訳などないのだ。
 さらに小泉内閣のおかげで、彼の影響力も衰えてきたもんだから、頭にきているだけだろう。
 これだけ考え方や方針が違う連中が同じ政党に集まっているというのも、奇妙な話ではある。

 しかし小泉政権になってから劇的に変わったと感じるのが、派閥の衰退により田舎型選挙から都市型選挙に移行したと言う事だ。
 田舎型選挙は、農協だの自治会だの商店会だの年寄りだのの影響が強く、新たな風を起こす事が出来ない。だからその地区は、例えば景気回復は公共工事しかないというバカな幻想に取りつかれてしまうと、結局無駄に税金を捨て、借金だらけの財政となっていくが止める事ができない。 
 これに対して都市型は改革が起こしやすいから、惰性でやってきた悪しき慣習を断ち切る事が可能となるし、また若い人が活発に表舞台に出られる。

 これが派閥政治をやっている役人や政治家には耐えられないのだ。その代表が野中である。
 彼は田中審議官と一緒に反北朝鮮グループから睨まれている存在だ。今度の爆発物騒ぎにしても、事の良し悪しは別としても、いつ刺されてもおかしくない連中なのだ。
 本当にいい時に引退発言をしたものである。実に計算高い行動だ。こういうところは本当に賢いと思う。こういうのが政治家というものなのだろう。

 そして今回の爆発物騒ぎに対して、石原都知事という人物ならああいう発言をするのは当たり前だろう。彼は右寄りであり過激な発言で注目を集めるのを得意としているのだし、都知事に立候補した時からそれは皆充分判っていたはずだ。
 そういう危険性を判っていてみな投票したのだろうに、何をいまさら、という感じである。

 まあ仮にも政治家などは、この発言を容認する訳にはいくまい。テロを認めてしまったら、次は我が身だからなぁ。



2003年09月11日(木) 映画の音楽

 先日見た「雪風」のDVDに入っていたブックレットを読むと、エンディングにムッシュ・かまやつの能天気な歌を入れたのは、監督の考えらしい。
 つまり、殺伐とした悲惨な話なので、終りにはその対極にあるような曲を入れたいと思ったのだという。この場合、バラードなんかを入れるのがセオリーなんだそうな。
 結局この人も、映画における音楽の効果を全く理解していない、その他大勢の一人であったか。

 実際、なぜそんな平凡な事か極端な事しか考えないのだろう。時間がないのかも知れないが、その作品世界に合うような曲を選択するべきだろう。
 凄惨な話だからバラードというのがセオリーだの、それが嫌だからムッシュを使っただの、観客をなめとるんか。あれでは通常のメタル系を持って来た方がどれだけマシになった事か…。
 音楽の使い方を判っていない人間が映画を作るのは、やはりダメだ。自分にその才能がなければ、最初から諦めてちゃんとした人を連れてきて全て任せればいいのだ(これは宮崎駿が徹底してやっているパターンだ)。
 本当は押井のように、自分が納得できるような曲を作らせるのが一番いいのだが、実際問題として時間がなかったり監督に才能がないという事もあるから、普段から音楽に関係するアンテナを広げておく必要があるのだ。
 結局、中途半端な介入は作品をダメにするだけだという見本であろう。

 それに比べると「ライトスタッフ」は、作曲に本当にいい人材を引っぱってきたものだ。ああいうのも監督の仕事だろう。時間も金もない状態で、すべてをまかせられる人を連れてきた時点で、もう勝負はついたも同然だ。こういう人を選んだ場合、大抵は成功するのである。

 その「ライトスタッフ」の特典映像を見ると、作曲のビル・コンティのコメントも入っていてなかなか面白い。
 驚いたのは、彼は効果音も手がけていると言う。X-1の飛行効果音には豚の鳴き声も含まれていると言っていたが、それを聞いて「あそこか」とすぐに思い当たってしまった(まあスター・ウォーズのタイ・ファイターに象の声を使っているのと同じようなものか)。

 そう言えばサンダーバード等のバリー・グレイも、効果音を手がけている。あのUFOの効果音が一番有名であろう(その後バビル2世ロプロスの効果音にも使われた)。
 日本でも結構作曲した人が一部の効果音を作ったりしている。
 やはり楽器や電子機器を熟知すれば、いろいろと作ってみたくなるのかも知れない。

 いきなり話は飛ぶが、NHKでシベリアの火災についての検証をしていたが、現在日本で火災のシミュレートが出来るソフトを開発中だという。様々な条件を入れると火災がどう広がっていくか一目で判るのである。
 しかしこの火災の広がり方を見て、どこかで見たような光景だと思ったら、ライフゲームではないか。そうか、この手の広がりを表わす場合、有限モデルなので広がり方は最適化というケースでいい訳だ。いや、ここは地面の土も燃えるので、無限モデルを考慮してもいいのかも知れない。なんだかとても凄い発見をした気分だが、開発している人には当たり前の事なのであろう。

 さて、ピンク・フロイドの「狂気」のメイキングDVDが出たらしい。明日あたりから探さなければ。



2003年09月10日(水) 何度目の再結成だっけ

 今日の新聞に、今度の土曜日から八戸の中心街に映画館がオープンする、という紹介記事が載っていた。一応シネコンである。
 しかしこれ、以前はイトーヨーカドーだった建物だ。色々な問題があり、結局そこのワンフロアしか利用できなくなったのである。つまりフロアの高さは3メートル…。
 音響の問題などはともかく、たった3メートルでは明らかに高さが不足している。スクリーンが小さいだろうし、なにより椅子に座ると前の人の頭が邪魔にならないか?

 私は、それなりに良い設備でないと、映画館に行く意味がないと思っている。
 以前「スターウォーズ特別編」はわざわざ弘前まで観に行ったし、「マトリックス」もそうだ。当時は地元でもやっていたが、設備を比較するのも哀れなくらい違っていたのである。つまり弘前まで行ったかいがあったという事だ。
 盛岡の映画館も、小さいながら前の人を気にせず観られるように配慮された設備になっているから、「アヴァロン」なんかは観に行ったのである。往復で300キロなんてのを気にせず行くだけの価値があるのだ。

 そんな私だから、大学の頃は遠く東京まで映画を見に行ったものである。特に「テアトル東京」や「渋谷パンテオン」はお気に入りだったが、別に今は亡きそれらの映画館のレベルを望むなんて事は言わない。映画に没頭できる環境でありさえすればいいのだ。
 はたして八戸の映画館にそれだけの事が出来るのか。新聞の写真を見る限り甚だ心許ないのであった。

 ところで今日、NHKの夜7時のニュースで「サイモンとガーファンクル再結成」というのを流していたが、7時のニュースで流すようなネタか?
 映像で見るとかなり老けているし、ガーファンクルの声もハリがない。やはり第一線で活動していないと衰える一方だというのが良く判る。
 勿論中学の頃は私も彼等のファンだったし、82年だったかに来日した時は見に行った。現在は彼等の全曲を持っている。でも今回の再々結成はうれしくないし、来日したところで特に行きたいとは思わない。やはりミュージシャンたるもの、何らかの活動で常に前進していないと、興味がわかない。過去だけを見ていても面白い訳はないのだ。

 再結成でそれなりに成功する連中というのは、もちろん売り方という物もあるが、やはり前進しようという姿勢があるものだ。それが長く続くかどうかは別だが、とにかくなにか新しい事をしつつ過去もショーアップするというパターンである。
 先日出たツェッペリンのライヴ映像が売れたのは、単純に当時そういう映像がなかったので、今回見る事で色々な発見があるからだ。純粋にいろいろ分析が出来るし、勉強になるから皆買っているのである。
 単に懐かしいというだけの話ではなく、今では研究対象になっているのだ。
 そこのところを勘違いして欲しくないのだが、世の中はどうも、その勘違いする方向に動いているように感じてしまう。

 どうでもいいが、早くマイク・オールドフィールドが来日してくれないかなぁ。



2003年09月09日(火) 世の中いろいろ

 野中元幹事長が今季で引退するという。
 だが総裁選では、なんとしても小泉首相の足を引っ張ると言うが、これは最後のイヤガラセだろう。

 元々この人は郵政族のトップであると同時に親北朝鮮派としての先鋒である(拉致された人達が帰って来た時、しばらくは刺されるのを恐れて引篭もっていたという位だ)。政治改革はもとより拉致問題など、野中氏にとって進められては困る事ばかり続いており、政治生命もそう長くはないと言われていた。
 実際この人にはもう後はなかったのだが、まさか自分から引退声明を出すとは思わなかったので、そういう意味では潔いと言えるのかも知れない。
 しかし拉致問題などの解決を遅らせてきた張本人である。むしろ人道的及び世界情勢の見地からすれば、遅過ぎたと言えるだろう。これで今後は北朝鮮外交も、多少はやり易くなるのかもしれないが、蒔いてきた種は多すぎたから、そう簡単ではないのかもしれない。

 ところで。
 先日、たまたま見た地元新聞の読者の当初欄に、タバコの栽培をしている農家の意見が載っていた。学校の全面禁煙に納得できないというのだ。
 こいつらバカか? そんなに小学生にタバコを吸わせたいのか?

 青森県南部から岩手県北部は、昔から葉タバコの生産が多い地区だ。地元の産業を守りたいのだろうが、タバコは百害あって一理なしである。子供に煙を吸わせる正当な理由は存在しない。
 これからの世の中、ハッキリ言って葉タバコ生産農家は、なくなっても仕方がないのだ。米や野菜を作るのとは訳が違う。彼等の存在は、小学校での全面禁煙に反対するようでは、今後邪魔になっていくだけなのだ。

 そしてその後、これに対する反論と県の説明が載っていたが、どれも反論のしようがないほどに正論である。結局葉タバコの生産者は自分の事しか考えていない。国のためなどと屁理屈をこねているが、それは侵略戦争を正当化するのと同義である。

 子供にタバコや酒を勧めてはいけないが、これは法律云々の問題ではない。成長期の子供にとって、害しかないからだ。そこのところをきちんと理解できない奴は、どうしようもないのである。



2003年09月08日(月) アニメ版「雪風」…

 総裁選に立候補した各氏がNHKのニュースに揃って出ていたが、結局小泉が言っているように総論では皆ほとんど同じである。これでは各自の特色など目立たないから現職が有利な訳である。
 特に亀井などは、こいつはバカじゃなかろかという程度の事しか言っていないが、もうこの人には後がなく、この後の総選挙の事を考えると仕方がないのだろう。とにかく目立つ必要があるのだから。
 まあ迷惑な話ではあるが。

 それはともかく、今日は会社の人から「戦闘妖精雪風」の3巻目を借りてきた。
 買った本人は「多分もう二度と見る事はないだろう」と言っていたが、まあ1巻2巻と見てきて、それは容易に想像がつこうというものだ。
 しかし何をどう間違ったらこういう作品になるのだろう。少しは「ライトスタッフ」を見習って欲しいものだ。これでは神林もうかばれまい(生きてる生きてる)。

 そういう不安感を持って見たら、この3巻目は、今までで作品としては一番形になっているので驚いた。ただし「原作を無視すれば」という但し書きが付くが。
 特に気になったのは、トマホーク・ジョンの「僕は人間ですよね」のセリフの扱いで、これではまったく意味が違ってくる。
 アニメでは、傷口を見て自分がコピー人間だと気づいて発するセリフなので、コピーとはいえまだ人間としての理性を持っているからこういう発言になった訳だ。
 しかし原作では、原子力の人工心臓を内蔵しているため、国によっては入国も出来ず、機械扱いされるケースもあった訳で、それで死ぬ間際にあのセリフが出たのだ。つまりあのシーンはダブル・ミーニングなので、演出をもっとうまくやる必要があったのだが、それがなされていない。

 原作では、テーマの一つに機械と人間の違いとは何だというのがあるから、こういう話が成立するのだ。わざわざ人工心臓の件をアニメでも言わせているのに、あの状況で言わせてしまうとテーマが違ってくる。スタッフは小説の行間を読めないのだろうか。

 あとバンシー(巨大空中空母だ)への着艦システムは、あれでは無理があるなぁ。メインギア一つを引っ掛けるアプローチなんて、地上でも難しいだろうにましてや乱気流も発生しうる空中である。もう少しなんとかして欲しかった。

 本当に困ってしまう作品である。
 まあ一番困るのはあのキャラクターなのだが。とにかく気持ち悪い上に現実感が全くない。あれではマクロス・ゼロなんかの単純キャラの方が遥かにマシだ。

 次の「サブマリン707R」で、GONZOを中心とする連中の評価が決定するかな。あれがダメだったら、もう彼らの作品は見ない。見ても仕方がないと断言する。



2003年09月07日(日) 結局行かない航空祭

 天気が悪い。今日の三沢の航空祭では、雲の低さからほとんど飛行展示はないであろうと思われたので、行くのは中止した。
 そう言えば去年も同じような天気で、結局ブルー・インパルスは飛ばなかった。そう思って空を気にしていると、飛んでいる飛行機は少ない。夕方何機か飛んでいたが、あれは三沢から所属基地へ帰る奴だろう。航空際のある日としては異様に静かな一日だったのである。

 そして夕方のニュースを見たら、一応ブルー・インバルスの飛行展示はあったようだ。多少高くなったとはいえ空全面が雲に覆われていたから、あまり見栄えは良くないが、まあ飛んだだけましであろう。特に今回は6機編成になっての初飛行である。ファンは喜んだ事だろう。
 だがこの天気では、霧となって地上に漂うスモーク用燃料がなかなか拡散せず、見ていた人にとってはあまり体に良くない事だろう。実際あれはかなり気持ちが悪くなるのだ。
 あまり飛行特性が良くないといわれるT-4だが、とにかく無事に任務を終えて、良かった良かった。

 しかしネットでのニュースに「息の合った美技を次々と披露」と載っていたが、息が合っていなかったら、即、墜落だよ。なんか曲技飛行の本質が全然判ってない記事である事だよなぁ。

 そして主催者発表の来場者は158,000人だそうである。やはり10年くらい前に比べると半分近くまで減っている。最近は天候が悪いせいもあるが、やはり不況で休めないという人が増えたという間接的証拠…、にはならないか。

 ところでネットでのニュースによるとイギリスで水陸両用の「スポーツカー」が完成したとか。
 これはテームズ川でお披露目があったそうだが、なんと陸上を時速約160キロ、水上を同約50キロで走行、航行できるのだとか(名称は「アクアダ・スポーツ・アンフィビアン」というらしい)。時速50キロと言うとおよそ30ノットだが、過去の水陸両用車は、水上は良くて5ノット程度だったから、これは格段に早い。
 航行は車輪を収納し(収納時間は約10秒!)、ジェット噴射で推進すると書いてあったが、これは多分ジェット・フォイル(つまりジェット噴水流)の間違いであろう。
 ただ、陸上と水上で別々の推進装置を搭載したという事は、車重はかなり重くなっていると思われる。陸上で最高速度160キロというのも、それがネックになっているのではないのだろうか。 
 いずれにしてもこれは実物を是非見たいものであるが、気になる価格は1台約15万ポンド(約2700万円)って…。

 しかしこれ、イギリスのギブズ・テクノロジーズ社が7年もかけて開発したというが、車としての開発年数と考えると、戦闘機のハリアーみたいなもんだ(あっちは20年かかったが)。
 どうもイギリス人というのは、意地になると徹底してやる民族らしい。それが良いところでもあるのだが。



2003年09月06日(土) しらせ入港

 沖縄の自衛官爆死事件に関して、NHKのニュースで恒例の江畑氏による武器解説が行われた。
 兵器に関して無知な一般大衆に判りやすく説明しようとするあまり、ますます判りにくくなっているのはご愛嬌か。せっかくあのロケット弾が成型炸薬弾だという説明図を公開していたのに、モンロー効果の説明もない。
 そもそもあのタイプのロケット弾は「成形炸薬弾」であり、弾頭の先端に埋め込まれた円錐状の銅合金が、それを囲んだ火薬が炸裂する事で円錐形が砕かれ、秒速2200メートルという高速高温のメタルジェットとなって射出される仕組みになっている。
 この時の火薬の配置はモンロー効果により威力が増すという事を理解していないと、あの火薬の配置は意味不明であろう。ま、いいいんだけど。

 しかし警察の見解で「あれだけの量はコレクターの域を越えているので、動機を調べている」との発表があったが、公表された武器弾薬を見れば、ただの転売屋なのは明白であろう。あんな状態のM-1カービンなんて、今時ヤクザだって手は出さない。ロシアや中国からもっとましなものが安く入手できるのだから。
 自衛隊と警察の仲が悪いのは判るが、もう少しちゃんと仕事をして欲しいものだ。情報操作しようという意図がミエミエではないか。

 兵器と言えば、イスラエルとBAが民間旅客機にフレア・システムを導入するという。これは熱追尾ミサイルに対しておとりの熱源を放出する装備だ。昔は冗談で語られていたものだが、ついに冗談が本当になってしまう世の中になってしまった訳だ。
 ちなみにこれは現在開発中のロシアのミサイルには効かないそうだ。熱源探知と形態探知を同時に行うので、フレアがただの塊だと認識されるのである。恐ろしいものである。

 という訳で、「砕氷船しらせ」を見学してきたのである。
 「しらせ」が接岸している八戸港は雨模様で風も強く、結局午後4時まで予定していた見学時間が3時で打ち切りとなった。行ったのが午後2時頃だったので、ぎりぎりセーフという感じであった。まあ見学者もかなり濡れるようでは仕方がない。
 艦内は立入り禁止区域が多く、あれで晴れて来場者が多かったら、狭いのもあってろくに見る事ができないような気がする。それでも子どんぐりはそれなりに楽しかったようだ。
 ちなみに「しらせ」は海上自衛隊所属の船舶なので、艦内整理は自衛官である。子どんぐりは海自の帽子(ペーパー製だ)をもらったのでそれをかぶって歩いていたが、意外と似合っていたため、その辺の年寄りに妙に受けていた。

 ただし砕氷船と言っても、見学できる部分は普通の船とあまり変わらない。砕氷という特殊な事を行うためにディーゼル発電・電気モーター駆動というシステムなので、本当はその辺が見たかったが、無理というものだ。
 さて、この天気では明日の三沢での航空祭はどうなるのだろう。

 そして帰宅すると、本家のディズニーランドで死亡事故が発生したというニュースが流れていた。日本でもビッグサンダーマウンテンは当面営業中止するとの事だ。まあ死亡事故では仕方がないが、来月行くまでに解決しているのだろうか。
 せっかく子どんぐり初のディズニー・ランドである。アトラクションは全部稼動していて欲しいものだ。



2003年09月05日(金) 大丈夫か、EM菌

 青森県の副知事がEM菌の本格的な活用を考えているという。最近の青森県は、どうもこれを大幅に取り入れようとしているのだが、本当に大丈夫なんだろうか。下北では陸奥湾に流し込んでいるぞ。
 今回の副知事発言では「効果が疑わしいという声もあるので、慎重に導入したい」と言っているから、まだ理性があると言える。そういう声もわきまえて実際に効果があるのか検証しながら、きちんと管理して欲しいものである。
 後で自然の体系が狂ってしまったなんて事になっても、簡単には元に戻らない。慎重に行動するのが公務員のいい点でもあり悪い点でもあるが、今回に限ってはこの慎重さが求められるのだ。

 さて、昨夜はライトスタッフの特典映像を見るつもりが、ついつい本編を観てしまい、特典映像は少ししか見ていない。197分もあるのだが、やっぱりこの映画は面白いのである(なんでも最初は5時間あったとか)。
 細部まで作りが丁寧だし、各種考証もしっかりしている上にキャラクターも全員がきちんと描かれている。普通これだけいると、脇役や主役の妻等はどうでもよくなる事も多いのに、ちゃんとキャラクターが描けているし、セリフではなく演技だけで色々な心理描写を行っている。
 つまり見事に映像として成立している、紛れもなく「映画」なのである。余計な説明的セリフは一切ない。
 したがって背景についての勉強を多少すると、ますます面白くなってくるのだ。

 でもこの映画、アメリカではコケたという。ちょうどジョン・グレンが大統領選挙に立候補したため、そのための宣伝映画だと思われたらしい。運が悪かったものだ。
 この事実は、映画という物の評価が、ファンやマニアとは関係のない一般大衆によって決められているという証拠でもある。だから今のハリウッド映画からは、名作傑作がほとんど出ないのだ。

 幸いな事に「ライトスタッフ」は現在、古典として評価が確立しているという。公開当時熱中した身としては一安心である。これは原作と映画の両方が素晴らしいという数少ない作品のひとつなのだ。日本でももっと評価されてしかるべき作品である。



2003年09月04日(木) ライトスタッフ・スペシャル・エディション

 今週末に八戸港に南極観測船「しらせ」が寄港して艦内を公開するらしい。同時期に護衛艦の体験乗艦も実施されるとの事だ。
 そして土曜日は、八戸の海自と陸自の基地まつり、日曜日は三沢で航空祭である。なんだか週末の青森県南部は、妙に自衛隊のイベントが多い。実は南極観測船も海自の所属なのだ。
 これをきな臭いという人もいるが、いいではないか。そもそも税金を払っているのだから、実態をきちんと知る機会だと思わなければ。
 まあ、私の場合は単純に好きなだけなんだけどね。

 今日は「ライトスタッフ・スペシャル・エディション」のDVDを買う。ちなみに明日が発売日である(しかしメーカーによって、スペシャル・エディションだの特別盤だのと言い方が違うが、たかがDVDなんだから統一して欲しいもの物だ)。

 これは映画館で観たし、トリミング盤LDを買ったし、ノートリミングのLDも買ったから、これで3つ目である。おかしいなぁ、よく「ふたつで充分ですよ」というセリフを聞くのだが、なぜか3つ以上になる物が多い。
 結局は後から特典映像が付くと、それ見たさにDVDも買ってしまう訳だ。
 「2001年宇宙の旅」なんて一体いくつあるんだ…。あとは「RONIN」と「ワイルドバンチ」も買わないといけないな。
 さて、どんな映像が入っているのやら。

 ただし今から書いておくが、多分そんなに凄い映像は入っていないと思われる。 これは通常のDVDソフトの購入対象は、マニアではなく一般大衆に設定されているからだ。
 LDの時は価格が多少高いのもあって(それでもビデオテープよりははるかに安かった)、映画のファンあるいはマニアを対象にしていた物が多かった。だから内容的にもマニアックな物もあったのだ。
 現在のDVDに付く特典映像は、まあ一度見ればまあいいか、というレベルのものが多い。そもそも映画自体を一度見ればいいと思っている人を対象にしているのだから、これは仕方がない。
 それでも「もしかして…」とつい買ってしまうところが、悲しい性である。

 まあ価格が安いからいいか、という部分もある。特典映像がついて\2,980なのである。これはもう呆れるしかない。最初の「ライトスタッフ」のLDは、一万円で買えなかったのだから。



2003年09月03日(水) ジョン・レイトンは生きていた

 ジョン・レイトンが気になって検索していたのだが、消息は良く判らない。
 海外テレビ・ドラマのファンには「ジェリコ」、ポップス・ファンには「霧の中のジョニー」で有名なのだが。
 何故突然気になったかというと、ブロンソンの死去に関係する。
 実は「大脱走」で逃げ切るのに成功する3人は、ブロンソンの他にジェームス・コバーンジョン・レイトンなのである。コバーンも昨年他界しているので、すると残る一人はどうしているのだろう、と思うのが普通であろう(ほんとか?)。

 でもそれを某掲示板に書いたら、「これ?」と教えてもらった写真がライヴの告知である。
 ゲストのようだが、ちゃんと大きく写真と名前が書いてある。現在64歳のはずだが、まだ元気で活躍中、という事なのだろう。まずは一安心。

 ところで。
 先日、沖縄の自衛隊員が自宅で爆死事故を起こしたが、どうも軍用品のコレクター兼バイヤーらしい。かなりの量が見つかった事から自衛隊の責任問題も出てきそうだが、所詮「死人に口なし」である。そこそこの調査で終わるのではないだろうか。
 しかしNHKのニュースで、各種弾薬の他に「グレネード・ランチャーを装着したM-16」の写真が公開されていたが、あれは演習用の空砲モデルではないのだろうか。
 そもそもそういう物でなければ、そう簡単に入手はできない。いや空砲用と言っても少し手を加えれば実銃になるのだが。
 でもNHKであれを見せたら、一般的な人は武器だと判断するのは当然である。この辺、どうもマスコミのミス・リードが感じられるのだが…。

 補足。
 8月23日の日記で、「三沢の航空博物館への案内がなくて辿り着けなかった」と書いたが、どうも私だけの事ではないようだ。見学客が辿り着けず、問い合わせや苦情がかなりの数になっているという。やっぱりねぇ。
 それでいて博物館を管理する三沢の教育委員会の対応は、「場所の選定などにまだ5ヶ月位かかる」と実に悠長な事を言っているが、5ヶ月先って真冬だぞ。
 さすがは教育委員会、所詮お役所仕事なのである。
 施設はいいらしいが、博物館とは、管理する人次第で良くも悪くもなる典型的なものなのだ。どうもそこがまるで判っていないのではないかと不安になる。実は色々と良くない噂も聞こえているし、これは新しいうちに見ておいた方がよさそうだ。
 数年でだめになる可能性もあるからねぇ…。




2003年09月02日(火) トラックの速度制限

 昨日から8トンの自重あるいは5トンの積載量を越える新車のトラックは、90キロのリミッターが義務付けられた。現在流通してい車輌も3年以内に装着が義務付けられる。
 ようやくである。90キロでもまだ早すぎると思うが、とりあえずは国が動いた事を評価しよう。
 ヨーロッパでは以前から、「止まる曲がるが出来ないスピードを、トラックは出してはいけない」という考えでリミッターが当たり前で、それが普通の感覚というものだ。

 そもそも8トンなどという重い車輌が100キロ以上で走っていて、緊急時に停まれる訳がないどころか、曲がる事すら出来ないのはバカでも判る道理だ。
 止まれない速度で走るから、今まで散々事故を起こして、人を殺しているのである。
 中には、鉄鋼などの重い物を輸送するトラックのように、「急ブレーキをかけるな」と言うのが半ば常識化している部分もある。なぜなら急ブレーキをかけると荷崩れを起こしてドライバーが潰されるから、それくらいなら前の車をつぶしながら止まった方がいいという訳だ。
 つまりスピードを出すトラックの運転手というのは、倫理観が著しく欠落しているのである。

 今回の規制で、セリに間に合わないだの輸送時間が以前よりかかるだのとトラック協会などが文句を言っているが、お門違いであろう。いままでのツケが回ってきただけではないか。自分たちが蒔いたタネだ。
 速度超過だけではなく、酒なんかを飲みながら運転するバカが後を絶たない業界なのだ。それでなくとも運転マナーの悪い奴が圧倒的に多い。自分は多少ぶつかってもいたくも痒くもないのだから、いきおいバカが増長されるのだ。

 そして青森県の新聞記事を読むと、八戸の漁協連中は「イカは鮮度が命なので、中古のトラックを利用してリミッターがない車を使う事を検討する」等と言っている。所詮目先の利益しか考えないアホだと言うのが良く判る。
 自ら制限速度は守っていないと宣言しているのだ。バカだねぇ(それを放置している関係機関も情けないが)。

 そもそも長距離の輸送方法はトラックだけではないのだ。現在、運送に関係する各社が様々な方法で輸送コストと時間の圧縮を行おうとしている。別にトラックだけに頼る必要はない訳で、それで困るようになっても、それはトラック業界が自分で招いた事だ。
 もっとも、そのうち政治家を動かして制限速度を90キロから100キロに変えさせるという程度の事はしそうだな。いや、多分働きかけはしているだろう。

 建設業界は、建前だけではあっても「安全第一」と言っている(建前だというのは、私も以前はそういう業界にいたから、とても良く判っている)。少なくとも社会の目は気にしている。
 だがトラック業界には、建前すらないし社会の目もまったく気にしていない。トラックの後ろに書いてあるのを見かける「狭い日本、急いでいけばなお早い」は、けだし名言であろう。あの業界の性格を見事に表現しているのだから。



2003年09月01日(月) 今日はプロンソン

 今年も余すところあと4ヶ月。光陰矢の如し、である。
 今日、子どんぐりは水泳の授業があったそうだ。最高気温22度…。もういい加減、止めときゃいいのに。

 ついにチャールズ・ブロンソンが他界した。アルツハイマー病を発症していたという噂も聞いたが、死因は肺炎との事だ。81歳という事は、全盛期にはもう結構歳を食っていた訳だ。

 私が映画にはまり始めた頃に全盛期を迎えていたので、結構映画は見ているが、やはり「狼の挽歌」や「デス・ウィッシュ・シリーズ」が好きだ。
 前者は、彼の渋さがスタイリッシュな映像と相まって、非常にいい映画になっている。脚本も悪くはないので、お勧めの一本である。
 また後者では初めの頃にベレッタM-84を活用しており、日本ではモデルガン化されたが、これは大好きなモデルである。もし外国で自衛用に好きなのを選べと言われたら、迷わずこれにするだろう。サイズ、装弾数などのバランスが非常にいい。ま、それはどうでもいい事だが。
 まあ「デス・ウィッシュ・シリーズ」は後半どんどん荒唐無稽化していくが、それはB級映画として楽しめばいいのである。
 
 そしてブロンソンといえば、吹替えは大塚周男だなぁ。

 全然関係ない話だが。
 先日、青森県でいわゆる「オレオレ詐欺」と呼ばれる事件があり、犯人が捕まったのだが、この時の経緯を新聞で読むと、田舎の老人の朴訥さというよりは哀れさが判る事件だった。
 きっかけはある老人が「孫が事故を起こしたので80万送金したい」と銀行に来たのだが、行員が怪しいと感じて警察に調べてもらった事による。
 その時に行員の「詐欺かも知れないからすこし待ってくれ」という忠告に「騙されてもいいから、とにかく早く送ってくれ」とその老人は泣きそうになって頼んだという。

 それまでは、なんとバカな年寄りが多いんだ、と思っていたのだが、実際はそう単純なものではないようだ。「騙されてもいいから」というセリフが遠くへ行ってしまった孫への想いを感じさせて、とても哀れである。
 それに付けこむこんな犯罪者というのは、人間として本当にクズだ。これでは、自分の技術を必要とするスリなんかの方がはるかにましだと言えるのではないか(あくまで比較の問題ではあるが)。
 これはもう詐欺とは言えない。こんなのを詐欺と呼ぶのは、校内での犯罪を「いじめ」と呼称するのと同じく、間違いであろう。


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