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2004年05月31日(月) そして、月末である

 今日はいくらか涼しい月末である。
 忙しいのだが、どうもみな忙しい時に限って色々と用事を持ってくる。なぜ先週でもなく明日でもなく、今日なんだろう。不思議だ…。
 おかげで明日も、午前中はめちゃくちゃ忙しくなりそうだ。

 白亜森さんがついに日記をつけ始めた。誰かとメールでやりとりしたという内容を中心にロックの話で進んでいる。
 音楽でも映画でも小説でも漫画でも、とにかく創作物ならそれを体験した人によってさまざまな意見が出るのは当然である。そういうのを見ると、知らなかった事であれば素直に感心するし、知っている事でも切り口が違っていたりすると、それも感心する。だから人の文章を読むのは楽しいのである。
 こうしてみると、「凱羅」の登場人物であるカーマインは、人間の本質を少しオーヴァーに表現しただけなのだとつくづく思う。唐突だが。

 さて、あまりに「マトリックス・リローデッド」がつまらなかったので、「レボリューションズ」をもう一度見てしまった。続けて見ると呆れた事に、いくらかまともだと感じてしまう。
 そしてこうして見るとマニアックかつフェティックな描写は、やはり回を追う毎に薄れていくのが良く判る。つまりどんどん平凡化していくのである。
 そしてあの100人スミスのシーンは笑ってしまう。映画館で見た時も、呆れるというより笑ってしまったが、やはり何度でも同じだ。もうトムとジェリーなんかを見ている感覚である。もしかしたらそれを意識していてたのかも知れないが。

 ただ改めて画面を見ると、ネオが明らかにCGIだと判るシーンも多いが、実写とCGIの繋ぎが意外と巧みである。あれだけカメラが動いてこれだから、やはり「ツイスター」の時に開発されたシステムを応用しているのだろう。
 これは結局、トータルの動きを重視して、細かい部分では無理をしないという、ある意味映画としては王道路線の作り方をしているに他ならない。つまり大作なんかではなく、大金を与えられたロー・バジェット映画なのである(矛盾した言い方だ)。これでは新しいものは何も生み出せないのは当然だ。
 結局、「マトリックス・シリーズ」において「映画の歴史上価値のあるのは一作目だけだった」だというのは、そういう事だ。フォロワーが生まれるだけの魅力があるかどうか、である。

 ところで、うちのPCはいつ復活するのだろう…。


2004年05月30日(日) やはりPCが使えない

 子どんぐりが、先日おじいさんからもらったお金でゲームボーイ・アドバンスのソフトを買うというので、出かける。星のなんたら、とかいう奴だ。しかし4800円とは、子供のおもちゃと考えると高いものだ。

 とりあえずPCが動かないので、Cドライブを消去する再インストールを行う。
 再インストール自体は簡単なのだが、これからネット接続の環境へ戻すのが大変である。もうすっかり忘れている上に、接続関係のパックアップを取っていないのだ。復旧まで多分一週間はかかるだろう。面倒な事になったものである。
 一応、MOは何度かエラーが出たが、再インストールしなおしてようやく動くようになったので(最後に「正常に作動しない可能性もあります」と出たのは不安だが)、Dドライブのデータはある程度コピーできた(大した量ではないのだが、MOを10枚近く使ってしまった)。
 結局Cドライブは全滅である。
 
 そして仮運用しているノートは、セレロンだけあってやたらと動きが遅い。
 デスクトップの方は、800とはいえペン3なので、少なくとも文章や普通の画像処理を行っている分にはあまりストレスを感じない。ネットも重いページでなければ、それほどストレスを感じないのだが、このノートの遅さはなんだというのだ。一瞬フリーズしたのかと思ってしまう程だ。

 そういうのもあって、この二日間はなんだか無駄に過ごしたようにしか感じない。

 さて、NHKの「火の鳥」は子どんぐりがなんとなく毎週見ている。
 今日の「太陽編その2」を見て、内容が判るかどうか聞いたら首をかしげていた。まあそうだろう。どちらかと言えば原作をある程度読んでいないと難しいかもしれない。
 でも逆にいうと、どうしてNHK総合はこういうレベルの話をもっと放映しないのか、それが不思議である。手塚作品だから許されるとでもいうのだろうか。それも変だ。普通はもっとレベルの低い作品しか放映しないのに…。
 まあこのシリーズの監督が、手塚のヒューマニズムは人間の残酷性を描く事にある、と喝破していたので、ある程度期待してはいたが、ここまできちんと描くとは思わなかった。やはりテレビのシリーズ物はメインの監督がしっかりしなければダメだという証拠でもある。

 しかしこの作品、オープニングは2001年のパクリから始まって、なにやら5つの光が飛んできて火の鳥が出てくる…、これではまるで「科学忍者隊ガッチャマン」ではないか!
 あれは「科学忍法火の鳥」だったのかぁ…、なんてね。


2004年05月29日(土) またオモチャで散財

 昨夜、スパイウェアに感染したようで、デスクトップのPCが使えない。
 どうにもリカバリーが利かないので、再インストールしか手はなさそうである。バックアップをろくにしていないので、非常に厄介である。
 とにかく全然使えないので、MOへのコピーすらできないのだ。

 とりあえずネット接続用ノートPCのアンチウイルス・ソフトを、ノートン先生からパスターさんへ変更するために電気屋へ行く。ノートン先生はあまりに厳格すぎて、我々シロウトには敷居が高すぎるのである。もちろん厳格なので、安心度は高いが、やはり自ずと限度というものが…。

 帰りにトイザらスへ寄ったら、007関係のミニカーが大量に置いてあった。しかもCORGI社の物は人形が復活しているではないか。
 以前トヨタ2000GTは人形付きを入手したが、リトルネリーは機体だけのモデルしか入手できなかったので、今回007とセットになったモデルは、喜んで買ってしまったではないか。まあ007が似ているかどうかと聞かれれば、否定的な答にはなるが、これはあくまで雰囲気である。
 多分現在のコナミなんかが手がければ、1000円程度でこれ以上の物を出しそうではあるが、そこは基本設計の古さであるし、そもそもダイキャスト・モデルである。それを考慮すれば3000円というのも悪い価格ではないだろう(もちろん個人的にはもう少し安いと助かるが)。

 あとはタカラから、1/144統一スケールのサンダーバード・レスキューメカが出始めた。
 まずはPOD1を買ってみた。これは高速エレベーターカーのリモート・タイプが入っているのである。しかもデカールは「2」「3」「4」を選べるようになっているので、いずれは複数買わなければならないだろう。
 しかし1/144というスケールを考えると、これはとんでもなくでかい車輌だ。全長が10センチはあるから、単純計算でも14メートル以上である。ゼロ戦なら一台でカバーできるし、現用戦闘機でもなんとかなりそうだ。
 つまり、大型トレーラーが時速300キロ以上で走っているようなものである。良く考えるとこれは怖いぞ。

 そして次のPOD2には、マスター・エレベーターカーと共にジェット・モグラが入るのだが、これが凄い。ラジコンで動くのだが、専用の台上で走らせると、穴の所でリフトアップし、そのまま本体が離脱して潜るという。つまり劇中の動作をそのまま再現できるという事らしいのだ。これは激しく欲しいぞ。
 ただしこれは、今回出た磁力牽引車を買わないといけない。なにせそのラジコンユニットと走行ユニットが各々兼用になっているという、いいんだか悪いんだか判らないシステムなのである。単純に言えば、全部買わないと遊べないのである。

 夕方は子どんぐりをスイミングへ連れて行ったが、結局時間が取れないので辞める事となった。まったく根性がないものだ。まあ嫌々行っても仕方がないからなぁ。


2004年05月28日(金) ようやくレボリューションズ

 という訳で「スネークマンショー・アンソロジー」を聞いたのであった。
 結構過去のアルバムとダブっている部分もあり、まあそれなりにおもしろいのではあるが、4200円という価格を考えると、やはり高いと言わざるをえない。これは音楽の部分が影響した価格設定なのだという事は理解できるのではあるが…。
 ただ非常に気になったのは、ところどころ音がカットされている事だ。というか例の「ピー」という音に変わっている部分があるのだが、確かこないだ出た作品ではそのままだったはずだ。何故なのだろう。
 まさかクレーム?

 先日ようやく「マトリックス・レボリューションズ」を見た。
 本当は「リローデッド」も映画館で観たのでリアルタイムで観るべきだったのだが、どうにも観たいという気が起きなかったのである。
 まあDVDで見終わった感想は、やはり映画館で観なくても良かったな、という感じである。とにかく最初に思ったのは、「これだと90分にまとめた方が絶対面白くなる」だった。2時間では長すぎるのである。
 必要があればいくら長くても構わない(「ライトスタッフ」なんて200分以上あっても、全然退屈しない)が、「レボリューションズ」では不要な部分が多すぎる。もっとカットしてアップテンポにすれば、少なくとも見ている間は退屈しないのに。必要以上に「愛」を強調しすぎているのだ。あれでは二度三度と見る気にはなれない。

 噂のラストの空中戦も、昔のタツノコプロがドラゴンボールを作ったら、絶対あれより迫力が出たと思う。タツノコの方が、迫力のある映像という物を良く理解しているだろう。とにかく、巷で言われるほど迫力があるとは感じなかった。
 また銃撃戦も、なんだか適当に作ったように感じる。少なくとも意外性がまったくない。多分あのシーンのアクション監督が、ウォシャウスキー兄弟の意図をきちんと理解していないのだと思う(多分、である)。

 いずれ致命的なのは、ストーリーがいい加減だという点だ。三部作構想なんてのは、一作目がヒットしたから思いつきで口にしたという程度の物で、これはスター・ウォーズも同じだ。だからストーリーが破綻するのである。
 ストーリーのいい加減さを映像で騙せれば、少なくとも映画としては成功なのだが、それすらも適当である。ザイオンでのメカ戦だって、見ていて「あ〜あ」である。なんというかあまりに非現実的、というか不合理な描写なので、のめりこめないのである。緊張感が来る前にバカバカしくなってしまうのだ。

 前作の「リローデッド」でも、カーチェイスが凄いという声を聞いたが、あれだけCGIで作りまくったら、本来のスタントアクションではなくなってしまうから、全然ハラハラしない。スタントマンによるカーチェイスだと、基本的にかなりの危険が伴うため、例えば「RONIN」のように無事に撮影が終わっていると判っているのに緊張するのだが、「リローデッド」では確かに迫力はあるが、緊張感がほとんどないのである。
 昨今のアクション映画に掛けているのは、この緊張感なのではないだろうか。迫力はあるが緊張感がないのだ。特にバイク・シーンではそれが致命的だ。自分でも乗っていたから、特にそう思う。

 やはりマトリックス・シリーズは、いろいろと欠点もあるが一作目が一番丁寧に作られている。映像的にもまだマニアックな部分があり、微笑ましい。
 まだ一作目しかDVDは持っていないが、所持するのはこれだけで充分だ。

 ちなみにこれは比較のために輸入版LDも購入したが、色合いなどはこちらの方が綺麗である。そのうち一作目のDVDだけリマスター盤を出して欲しいと思っているのだが、当分無理だろう。


2004年05月27日(木) アマゾンから荷物が届く

 昨夜は「トリビアの泉」がバレーボールの延長でなかなか始まらないので、子どんぐりが怒っていた。まあ気持ちは良く判るが。
 しかし子どんぐりに「今日はつまらない」と言われるとは、困ったものである。なんだかレベルも含めてお笑い系番組になりつつあるなぁ。

 今日は夜にちょっとした集まりがあって、出かける。まあ早い話が宴会だ。ただし場所が遠いので私は飲まないのであった。
 今日もネタを少々仕入れたが、いずれここに書くような内容ではない。でもそれなりに気の合う人との宴会は楽しいものである。

 某押井ファンの掲示板で、「イノセンス」がカンヌで無冠だったのを嘆いている中に、当然ながら、「イノセンス」はつまらないから無冠は当然、という意見もあった。
 まあこの辺は趣味の問題もあるので別に驚く事でもないが、気になったのは『イノセンスを絶賛している評論家がいるなら見てみたい』とか『ムーアの映画観たことあります?嘘ばっかりです、「アメリカに魔女狩りがあった」とかアニメ使って説明してたりして』とか、自分が不勉強で知らないだけなのに、そんな事実はないという書き方をしている輩もいる。
 こういうの、最近は多くなったなぁ。自分が知らないからそんな事実はない、という呆れた論法である。やはりネットでは普通の人も見ているのだから、すぐにおかしいと思われるような書き込みは止めた方が無難であろう。

 そもそも「イノセンス」を褒めている批評家はそれなりにいるし(批判している人も、もちろんいる)、魔女狩りに至っては1700年前後までヨーロッパやアメリカで行われていたのは史実である。アメリカのセーラムで起こった事件など、特に有名ではないか。
 やっぱり物を知らないというのは、どこで恥をかくか判らないから、とても怖いものである。自信がなければ、今はネットで簡単に調べられるのだから、それすらやらないとバカと言われても仕方がないではないか。
 私も物を知らないから、この辺は注意しないといけないのではあるが。

 そして帰宅すると、「カリキュラマシーン ベストセレクション DVD-BOX」と「スネークマンショー・アンソロジー」が届いていた。これは週末が楽しみである。
 しかし「スネークマンショー・アンソロジー」は2枚組で4200円なのだが、ケースが紙ジャケの上にやけに薄い。荷物を開けた時、入っていないと思った位だ。これでは店頭で探すのが大変なのではないだろうか、といらぬ心配をしたりする。


2004年05月26日(水) ラスト・サムライ

 ネット上の書籍案内で、英知出版という所から「新作2004年度版エイトマン&絶対読めない幻の読み切り傑作選'69」が出るとの情報が。もちろん桑田二郎である(私としては桑田次郎なのだが)。
 これは読んでみたいが、まだ発売前で、何故か予約を受け付けていない。6月発売という事だが…。やはりこれは出版社が「アッチ系」だという事なのか? 
 と思って調べたら、どうにも節操がない会社だ。むしろ「エッチ系」ではないか。エイトマンだけ妙に浮いている。
 とりあえずサンプルを見る限り、「マラコット深海」のあたりより少し劣るという感じだったので、頼んでしまった。オリジナル・エイトマンの最終回よりはまともな絵になっている(と思う)。
 ほぼ3000円というのは高すぎると思うが…。

 あとサントラCDとして評判の良かった「THUNDERBIRDS」の続きと思われる「THUNDERBIRDS 2」が7月に出る予定になっていた。これは大変だ。こちらはアマゾンでも予約が始まったので、注文しなければ。
 こういう時、イギリス盤って安くていいなぁとつくづく思うのであった。

 さて、先日「ラスト・サムライ」を借りて見たのである。
 なんというか、それなりの出来ではあるが、やはり脚本やストーリーに今ひとつ納得できない。肝心のところで「何故?」というシーンがあるので気になってしまうのだ。
 ただし外国で製作した割には、サムライの描写も含めて日本文化をある程度きちんと研究しているようで、この点については好感が持てる。
 つまりは、やはり演出の問題が大きいか。というか所詮はトム・クルーズの映画だという事なのだろう。

 しかしあのラストの戦いは、まるで「ワイルドバンチ」ではないか。
 各々、西部開拓期の終焉、サムライの終焉という、文字通り時代の終焉と変化を表わしている。しかも武器によってである。こう構成から何から「ワイルドバンチ」を連想してしまうではないか(そもそもあのガトリング・ガンの描写は、逆ワイルド・バンチであろう)。
 まあペキンパーという人が、元々友情という物をきちんと理解していたと思われるし、それは仁義に通じ、突き詰めれば武士道にも繋がるのである。
 つまりハリウッドのメジャーで最初に武士道を表現したのはペキンパーである(と、無理にこじつけてみたりする)。

 結局「ラスト・サムライ」は、良く出来た昨今のハリウッド映画である。それ以上でも以下でもないと言えるだろう。


2004年05月25日(火) キースが来る?

 まこさんの掲示板によると、キース・エマーソンが7月に来日するらしい。
 今のところ確定しているのは大阪と神戸との事だ。もちろん小さなライヴハウスではあるが、ちゃんとしたギグである。はたしてナイスとして来るのか彼個人なのかは不明だが、いずれにしても見たいものである(無理だけどな)。まあ小さなライヴだと、彼個人という線が強いとは思う。その方がピアノ協奏曲も含め、色々とできるだろう。
 本当は現在のナイスも是非見ておきたいところではある。去年のライヴCDを聞く限りでは、きちんと「現在のナイス」になっているようだからだ。
 しかし関西は遠すぎる…。

 昨夜は借り物の「攻殻機動隊スタンド・アローン・コンプレックス 2nd GIG」(ああ長い)の7〜10話を見る。やはり見始めると途中で止められない。本当にこのシリーズは面白いのである。
 これだけ政治やテロに深く根付く話だと、かなりスリリングな展開になる。実際、脚本や演出がうまいのもあって、見ている途中で止めるなど、至難の業だろう。

 この中の第7話「狂想は亡国の調べ」で、「いくら公安9課が精鋭ぞろいでも、所詮数には勝てない」という意味のセリフがあった。この後のセリフから、この時の脚本では「ブラックホーク・ダウン」が念頭にあったとは思う。
 しかし、政治が介して政府が敵になるという展開は、ワイルド7が最終局面で戦った話そのものではないか。いくらワイルドが精鋭であっても、国家そのものが敵になってしまっては、物理的に勝てない。
 そもそも兵站の問題があり、武器や情報が途絶えてしまっては、どんなに優秀な兵でも戦えないのは明白だ。そしてワイルド7は全滅したのだ(一応、その全滅もシナリオのうちという事になってはいるが)。やはり圧倒的物量に勝る敵には、どうやっても勝てないのである。
 実はこういう事をまともにマンガにしている例は極端に少ない。攻殻機動隊ではその辺が破壊工作と政治工作を組み合わせた展開になっており、実に面白い。

 実際問題としてこれだけ面白いのだから、本来ならば全部買いたいところであるが、いかんせん価格が高すぎる。30分2話で6300円だから、26話を揃えると…、そしてその前も26話あるのだ。価格に対する価値は認めるが、物理的に買えないのである。悔しいなぁ。
 いや、本当に久々に続きが楽しみなシリーズだ。

 ところで今のプロダクションIGなら、ワイルド7の最終話を新たなシナリオで作り直し、もっと政治色を濃くし、なおかつアクションもハデに、という話を作れそうな気がする。現代社会をベースにした「リアルなワイルド7」を作れそうだと思うのだが、そんな企画、今時通る訳もないよなぁ。


2004年05月24日(月) カリキュラマシーンも出る

 本を見ていたら「カリキュラマシーン ベストセレクション DVD-BOX」という3枚組のセットが、驚いた事に一ヶ月も前に出ているではないか。という訳であわててアマゾンで注文する。
 実は以前、ビデオテープで一本だけ発売され、仕方がないのでこれは買ったのだが、やはりテープでは心許ない。耐久性を考えると本当はLDで出して欲しかったのである。でもまあ子どんぐりにもウケた事だし、ダブってもとにかく買っておく事にした訳である。
 で、その時ふと脇を見るとCDの「スネークマンショー・アンソロジー」が明後日発売予定になっているではないか。前回の発売中止騒ぎもあるから、こちらもついでに注文しておく。

 しかしアマゾンは、DVDは20%オフとかあるけれど、CDは大抵が定価である。こうしてみるとDVDの価格とは一体何なんだと思ってしまう。どうにも訳が判らないではないか。
 買う方にすれば安いに越した事はないが、リマスターをきちんとしないと、テープにすら劣る画像になるのだ。いくら安くてもきたない画像は見たくはないと思うのだが。

 そんな今日から会社では監査が始まったのだが、実はすっかり忘れていた。
 しかし監査を見ていると、この会社は営業にはえらく甘いのが如実に判る。物を買うための承認なんてないに等しい。つまり証人中間管理職は何の役にもたっていないという事だ(今までの例だと、責任は下に責任は押し付けている)。
 営業が言えば数千万円は簡単にドブに捨てたり、意味もなく無線LANを組んだりするくせに、私のセクションではエクセルやワードすら機械に入れてくれないのである。不思議な会社だ。

 結果として、財務・会計のデータはエクセルかPDFファイルであるが、私の機械ではそれらがまったく使えないのである。他の会社から来た物は、フロッピーディスクに落として、他のセクションの機械に行って他のプリンターに出すのである。当然ファイルの加工など時間的に使用できない。今時素晴らしい環境ではないか。家の機械の方が100倍使える。
 今まで散々言ってきたが、そろそろ我慢も限界だね。会社の仕事は適当にやるしかないという事だ。実際問題として出来ない訳だし。


2004年05月23日(日) 法事な一日

 朝から法事なので、お寺に行ったりしてパタパタする。

 終わってちょっと模型屋に寄る。ここで10センチほどの仙台市営バスのラジコン・モデルを見つけ、子どんぐりが欲しがっていた。まあ5000円だから今日は諦めてもらう。
 私はHOゲージ用の樹木4本セットを、ためしに買ってみた。これで630円ならまあいいか、と言う感じである。子どんぐりも興味を示していた。
 モデルガンもいくつか欲しいのがあったが当然買えないのでパス。

 そして子どんぐりは明日から試験なのだが、あまり勉強してない事だよなぁ。まあそんなものなのだろう、と思いつつ午後、弘前を後にする。。

 さて、カンヌでの「イノセンス」は結局無冠であった。
 まあこの時期ではムーア監督の「華氏911」が受賞したのは仕方がない事だろうし、やはりなんだかんだ言っても、世の中はアニメより実写であり、話題作りのためには芸術性よりは政治性なのである。
 仮に、いくらタランティーノがプッシュしても所詮は多数決なのであるし、多分タランティーノもあえて自分の趣味を押し出す気はなかったと思う。彼は苦労して現在の名声を手に入れたのであるし、アメリカ人は決して趣味と仕事は混同しないのである。
 という訳で、当然の結果ではあろう。

 小泉首相の訪朝も、この結果はある程度予測がついていたものだろう。拉致問題については、国交正常化を絡めてもこんなものではないだろうか(もちろん今の状態の無法国家と国交正常化されても困るのだが)。所詮国家と個人の問題は同レベルにはならないのである。
 ジェンキンス氏が、来日して身柄が米国に引き渡されることに強い懸念を持っていたというが、それは当然だろう。逃亡先が確定しているのだから、アメリカ軍としては軍法会議を行わなければならないのである。それが軍の規律に直結しているのだから。
 そして軍法会議が行われれば、確実に有罪になるのは軍人だった本人が一番良く判っているのだから、有罪確定後の特赦を日米主脳でなんとかするしかないのである。アジアの平和維持への貢献を認める、とかなんとか…。
 結局、拉致問題の解決はまだまだ時間がかかるのだ。特に相手はもはや世界で唯一の独裁無法国家であり、一筋縄で行く相手ではない。そういう中で小泉政権は良くやっていると思うのだが…。

 そんな国相手だから、核開発問題については成果は少なかったように感じる。それは金正日最後の切り札なのだから、簡単に手放すはずがない。多分本人は、核兵器がなかったからイラクはつぶされたと思っているのではないだろうか。独裁者とはそういうものだ。
 特に彼は、ヒトラーのように普通の人間が権力を手にして独裁者になったのではなく、初めから権力者の息子として育っているから、なおさらやっかいなのである。つまり国際的一般常識が通じないのであり、判っていて無視するのとまったく理解できていないのとでは、対応がまったく異なるのだ。後者は引き際が判らないのである。

 だからアメリカは、本音としてはさっさと金正日を暗殺したかったのだろうが、韓国が同盟国であるうちは、北朝鮮を潰して大量の難民を出す訳にはいかないのである。金正日はそれが判っているから、自分が消えた後の政治を治められるような有力なナンバー2を作らないのである。
 だからいくら日本国内の世論が高まっても、それが有効打になる相手ではないのがやっかいなのである。なにせ自分の命がかかっているのだから、必死にならざるをえないのだ。


2004年05月22日(土) ゲッターロボ・アーク未完

 朝から弘前へ向かう。
 法事は明日の朝なのだが、子どんぐりが月曜から中間試験が始まるから早めに行きたいと言うので、無駄とは思うが言うとおりにする事にしたのである。

 着いたら土手町へ行き昼食後、ちょっと紀伊国屋書店へ。
 探している本は見つからなかったが、「映画秘宝」と「ゲッターロボ・アーク(3)」を買う。しかし「映画秘宝」の表紙は恥かしいぞ。例えばプレイボーイとかの表紙とはまた全然違う恥かしさである。

 で、夜に「アーク」を読んでみたら打ち切りなのか、とりあえずこれで終りらしい。
 確かにゲッターが宇宙を破滅させるという話になりつつあるし、しかも時間軸の問題では完全に閉じた状況のようだ。これはもう少し続ければある程度のメドが立つのではないかと思う。
 なにせ石川賢は、これからというところになると終わってしまう事が多いので困ってしまう。ゲッターロボ・サーガは開始から30年を経てようやく終盤が見えてきたのだから、早いところなんとかして欲しいぞ。
 でも1974年の連載当初から読んでいるが、現在のこういう展開になるとは思っても見なかったなぁ…。
 いずれ「ゲッターロボ」「ゲッターロボG」「ゲッターロボ號」「真ゲッターロボ」「ゲッターロボ・アーク」の流れで、ようやく石川賢本人にも結末が見えてきたようである。まあ最初の「ゲッターロボ」が巨大ロボット物としては、イデオンが出るまで唯一のSFと言ってもいい作品だった訳で、だからこそここまで展開できたとも言える。ただし現在、SFとしてのテーマが希薄ではあるが、それなりに先が楽しみな作品自体が少ないのだから、これはこれでいいのだと思う。

 しかし最初のゲッターロボを、良く少年サンデーが掲載したものである。現在の目で見ても結構過激な作品だと思うのだが。


2004年05月21日(金) 久々に寒い一日

 会社で、「先日電子レンジを買い換えたら、上に乗せていたラジオから雑音が出るようになったが、どうすればいいのか」と聞かれた。
 当然「その電子レンジの電磁波が、以前の物より上に出やすいのだろうから、少し大きめの鉄板を置いて電磁波を遮蔽すれば、ラジオの雑音は低減すると思う」と教えたのである。しかし、電磁波を遮蔽すると言ったのが悪かったのだろうか、「ゴムや木ではダメなのか」と聞かれる。私は一瞬「???」となったが、どうも電磁波と電気を混同しているようである。
 なんだかとても貴重な体験をした、ような気がする。

 そう言えば、外部からの問い合わせに関して担当者(女性)の所で話をしていた時、その人が大量の書類をめくりながら「このへんにあったはずなんだけどなぁ」と言っていたので「おいしそうだから食べちゃったんでしょ」と何気な〜く言ったら、周囲の人にもかなり受けてしまった。
 これには私の方が驚いてしまったのであった。受けるなんて微塵も思わなかったからねぇ。
 やはり一般大衆の認識というのは、あなどれないのだろうか。いや私も一般大衆の一人ではあるのだが。

 さて、いよいよ明日は小泉‐金正日会談である。
 関係筋の噂では、ほとんどシナリオは完成しているようだが、現実に拉致被害者のリストがどれだけの量になるのかは不明らしい。だから今回先に派遣されている50名の警察関係者は、そのリストを出された直後から人海戦術でチェックするための要員なのだそうだ。つまり警備ではなく捜査中心の布陣なのである。
 しかしアメリカは中国に圧力をかけ、中国は北朝鮮に圧力をかけ、いよいよ北朝鮮は何処まで自分の土俵の中で日本の援助を受けられるかにかかってきている訳だ。
 こうしてみるとあの鉄道の爆発事故、どこかの政府が絡んでいるようにも見える。なにせ北朝鮮で最大にして唯一の石油精製工場のそばというのが、偶然というにはあまりにもできすぎているではないか。

 まあ、日本としては拉致問題がどこまで進展するのかが最大の関心事だろうが、小泉首相としてはアメリカ・サミットを念頭においているはずだ。そして参院選は、民主党があまりにも情けないから自民党の楽勝だろうし、小泉の最大の難関は今回の訪朝なのは間違いないところだ。
 北朝鮮にはもう後がないのだが、そんな状況でもなかなか譲歩しない。だが今回はいよいよ切羽詰っている。多分中国からは無償援助打ち切りの最後通牒をうけているはずだから、これは見物である。

 さて、明日はまた弘前である。日曜の朝から法事があるので一泊なのだが、子どんぐりは月曜から試験が始まるから、ちとかわいそうではある。まあ直前での付け焼刃の試験勉強なんてあまり意味がないのではあるが、やらないよりはマシであろう。
 という事で、またパタパタするどんぐり一家であった。


2004年05月20日(木) タラちゃん、どうする

 いよいよカンヌでは「イノセンス」が上映されている(はずだ)。
 招待ではなくコンペ部門のノミネートであるが、今回は「華氏911」のように政治絡みだったり、「LOVERS」のように外人受けするアジアとかあって、なかなか面白い展開になるかもしれない(しかもこの映画、チャン・ツィイーだ)。
 でも某所の掲示板で川井氏本人が「21日には映画祭公式HPで、おじさん3人のレッドカーペットが見られると思いますよ(じ、地味っ・・・)。」なんて書き込んでいる。これって…。
 まあ審査委員長が押井マニアのタランティーノだから、ある程度は期待できそうだが、あからさまなえこひいきは出来ないだろうし、刮目して待て、というところだろうか。

 さて、宇都宮の立てこもり事件は容疑者の自殺という形で終息した訳である。
 でもテレビで見ていてすら、手際が悪かったなぁ。大丈夫なのか、今の警察は。しかも犯人は頭を撃って自殺していたというが、本当なのだろうか。
 いや、そういう疑問を抱くのはそれなりに根拠があるのだ。頭を撃ったなら、何故その音に気づかなかったのかとか、銃を使い慣れない人間が頭を確実に撃って自殺するのは、意外と難しいのだとか、色々とある。
 そういう事を考えると、やはりまだ色々と隠してある事があるんじゃないかと疑ってしまう。まあ突入時の手際があれだけ悪かったから、多分発表内容は事実なのだろうなぁ。

 しかしあのイングラムは結局モデルガンだと報道されたが、これは本当なのだろうか。現在イングラムのモデルガンを買うのは意外と大変なのである。やっぱりあれはエア・ガンなのではないだろうか。
 でもなぜヤクザがエア・ガン(またはモデルガン)のイングラムを持っていたのだろう。冷静に考えるとこれも謎である。オモチャのままでは何の役にも立たないし、改造したって数発撃てばオシャカである。それくらいならトカレフを持っていた方が有効であろう。
 これはやっぱりあれか、ただのオタク?

 ところでちと調べる事があって昨年の日記を調べていたら、3月に亡くなったU子さんと最後に電話で話をしたのが昨年の5月だった。その時、少なくとも声は元気だったのだが、やはり自分の状況は把握していたのだろう。
 この時1000円分のテレカを使ったが、あっという間で最後の会話だった訳である。やはりもっと電話しとくべきだったと悔やむ訳で、こういうのを後悔というのである。


2004年05月19日(水) イングラム

 宇都宮の立てこもり事件は、実に30時間を越えてしまった。良く粘るものだ。
 しかし会社で朝刊の写真を見たら、持っているのはイングラムではないか。オモチャか本物か現時点では不明だが、以前大阪のヤクザがこれを持っていて大騒ぎになった事もあるので、油断は出来ない。

 イングラムは20発/秒という、サブマシンガンとしては意味のないくらい回転速度が早いが、それだけに一度引き金を引かれたら危ない事この上ない。なにせ本人ですら何処にばらまかれるのか判らないくらいなのだ。
 もし本物だとしたら、なんでヤクザがこんな物を持っているんだか、という話になってしまう。警察ってなんのためにあるの?

 その上、当初警察は5発発砲したという発表を7発に訂正した。そりゃ相手が発砲したのだったら、躊躇する事はあるまい。何を隠そうとするんだか。
 だか後から発表した2発は、ドアを開けようとして鍵の部分を撃ったらしい。これは「早くドアを開けて銃撃戦を制圧するための緊急的な措置だった」と説明しているが、ドアは結局開かなかったという。そりゃそうだ。鍵を銃器で破壊するのは結構テクニックが必要であり、年間20発の精密射撃しかしないような警官に出来るはずもない。
 やはり警官も映画の見すぎじゃないのか? ピストルで簡単に鍵を壊せると思う方がどうかしている。

 こうしてみると、やはり現在の日本の警官にビストルは不要だ。イギリスのように特殊部隊と分けて、その代わり特殊部隊は徹底して鎮圧する方針でいいのである。その方がよほど周囲の住民にとっても安全である。
 扱いなれないピストルを持った警官など、危険である。そもそも法律が変った事で最近は簡単に発砲できるようになったのだから、やはり訓練は大事なのである。

 さて、相変わらずのレベルの「トリビア」だったが、「大局将棋」を実際にやったのはテレビ局ならではであろう。こういうのはさすがに「シロートさんには出来ないだろうネタ」であり、内容はともかくとして、素直に呆れる(これは褒め言葉だ)。
 まがりなりにもプロにこういう事をやらせられるのは、あとはSF大会くらいのものか?
 いずれ投稿者の年齢を見ていると、その時点でほぼレベルが判るというのも、困ったものである。このへんはテレビ局側の工夫が必要なのではないだろうか。

 しかしこの番組のCMで、スズキRRのBGMに「ハイウェイ・スター」を使用している。史上最強の軽だかなんだか知らないが、少しは身の程をわきまえて欲しい物である。たかが軽で「ハイウェイ・スター」だぁ? 56億7000万年ほど早くないか?

 ところでNHKでやっていたが、ベストセラーの一部は「かさ高紙」を使用する事で本が厚くなっているのだそうだ。それにより分厚い本を読んだ快感という錯覚に陥らせるのが狙いらしいが、こういうのは本を大量に買っている身としては迷惑千万である。
 やはり一般市場とファンというものの乖離はすさまじいものがあるようだ。
 まあ普段本を読まない人に買わせないと大ヒットというのは生まれないのは、小説も映画も同じである。その本質を理解していない人によってヒットが生まれるというのも、皮肉なものである。


2004年05月18日(火) アイマックスでイノセンス

 品川のアイマックスでは、6月中頃まで「イノセンス」を上映するそうだ。
 実に羨ましい。というか、アイマックスで一般の映画を観られるのに観ないなんてのは、首都圏に住んでいる意味がないぞ。
 そもそもアイマックス・シアターで上映するのは、アイマックス社側の厳しいチェックがあるので、単に画面が大きいというだけではないのだ。音響も同じである。恐らくイノセンスのような緻密な映像に、世界でもっとも適した上映システムだと言える。
 私は20年以上前に東京で開かれた宇宙博で、臨時施設だったが「人は大空へ」を観て以来のアイマックス信者である。あの迫力は本当に素晴らしい。
 画面が大きいだけなら、当時のテアトル東京へも良く通ったが、アイマックスの画面のクリアさは、もう他の劇場とは比較にならなかったのである。
 もう、本当に観に行きたいものだ。

 NTTドコモは、ポケットベルサービスの新規加入受け付けを6月末で終了すると発表した。まだこのシステムは生きてたんだと、妙に感心する。
 あとは順次撤退していくという訳であるが、いまだに46万台が稼動しているとは意外であったし、2001年に「クイックキャスト」というサービス名になっていたというのも知らなかった。まあそんなものか。
 しかしポケベルは、かなりエリアが広かったのは事実だが、コールされても電話がないというのが田舎の特徴だった。
 以前仕事で三沢〜むつを走った時、途中でポケベルがなったが、公衆電話がないのである。コンビニなんて物は青森県には一軒もなかった時代であり、お手上げだった(もちろん首都圏ではセブン・イレブンがたくさんあった頃だ)。後で聞いたら、このルートに公衆電話は一つ、店はゼロだったのである。呆れたね。少なくとも冬は絶対に走りたくない道路、ナンバー1だ。って、ポケベルとは関係ないが思い出なのである。

 五所川原で開発した、世界でも珍しい果肉まで赤いりんごがある。
 で、これを特産品にしようとジャムとかシャーベットとか花茶とかの試作をしたのだが、結局ワインを売り出した訳である。
 しかしこれが大量に売れ残っているのだという。まあ当然だろう。そんな物があるなんて、全然知らなかった。明らかに宣伝不足である。もちろんハーフサイズで1500円という価格にも問題はあるが、そもそも知名度ゼロでは、価格の問題は二の次であろう。
 でもこういうリンゴなら、ジャムとかシャーベットの方がいいと思うぞ。口コミのもう一つの主体である未成年者が使えないではないか。
 宣伝担当者は、もう少し頭を使ってほしいものだ。


2004年05月17日(月) 久々に日中雨である

 今日はセンデロさんからブツが届く。
 例によって詳細を書くわけにはいかないが、相変わらず素晴らしいものである。特にVol.3の22は、嬉しくって涙がチョチョ切れそうだ。キーワードは「70年代われらの時代」である。
 やはりこういうのは、探し出すだけならある程度のスキルがあれば誰でもできるのかも知れないが、セレクトについてはセンスがものを言う。その人の過去の積み重ねや学習意欲が、そういうセンスを培っていくのである。これは簡単にはマネの出来ない事である。
 だからセンデロさんは凄いのである。

 会社で激務に追われニュースすら見られなかった女性から、「イラクで人質になった3人はどうしてあれほど叩かれたのか」と聞かれた。
 当然克明に説明したが、この時あの事件はリアルタイムで見ていないと理解不能な事件だったのだと気付く。つまりあのバッシングに関して極言すれば、野球やサッカーの勝ち負けと同レベルに「どうでもいい事件」だったという事なのである。
 これに気がついたという事で、話した甲斐があったというものだ。

 しかしここにきて小沢氏までが年金未払いで党首立候補を辞退するという騒ぎになった。
 まあこれに関して彼は、いい口実を見つけたというところだろう。これで民主党の党首にならずに済むのである。
 こうなると、年金未払いなんて探せばゴロゴロ出るに決まっているのに大騒ぎをした菅という人は、政治家としてはつくづくマヌケだ。やはり市民運動上がりというのは、こんなものなのだろうか。


2004年05月16日(日) 一転して涼しい

 午前中はあちこち行ってみるが、特に収穫なし。意外と涼しい。

 LDで「ガメラ 大怪獣空中決戦」を見る。
 作品として見ると、この1作目と2作目「ガメラ2 レギオン襲来」は映画としてまあまあの出来なのだが、3作目「ガメラ3 邪神降臨」は中途半端な失敗作だと良く判る。端的に言って詰め込みすぎて消化不良を起こしているのだ。1と2は、やはり怪獣映画としてそれなりに燃えるのである。
 ただし1は余計な台詞が多いのと、若手の俳優がドヘタだというのが致命的だ。ヘタさ加減という点では、2作目の方がまだましであろう。1は演技がマトモなら、本当に素晴らしい怪獣映画として10年以上はもつ作品なのだが、実に惜しい。

 一通り見終わってから、改めてギャオスが山中で巨大化するシーンを何度も見て、その仕組みがようやく判った。どう見ても合成とは思えなかったのだが、意外と単純で金もかけていない撮り方だったのに驚いた。本当に良〜く見ると誰でも判るという程度に簡単である。
 ただし一度判ってしまうと次からは巨大化するように見えなくなってしまったのには困ってしまうのだが。

 午後はその辺に転がっている本を読んで過ごす。
 しかし「小林宏明のGUN講座」は読めば読むほどに面白い。もしかしたら日本で出版されている銃器関係の本で、最も初心者に適した本なのではないだろうか。やはりその業界の専門家ではなく、翻訳の必要性から勉強したという筆者の視点から、非常に優れた内容となっている。初心者だけではなく、ある程度詳しい人にも参考になる本だと思う。
 また、同僚からの質問という部分では、銃器に詳しくない人の考え方がどういうものなのかが判って、これも参考になる。もっと宣伝されててもいいと思うのだが…。

 「アンダーカレント(UNDERCURRENT)」(ビル・エヴァンス&ジム・ホール)というCDがある。作品自体は聞いた事がないが、ほとんどスタンダードなジャズ(しかし暗い)らしい。
 このジャケット写真が、トニ・フリッセルというカメラマンの作品であり、まるでオフェーリアを水中から撮ったような写真なのである。
 で、何故気になったのかというと、先日借りた「攻殻機動隊」の絵コンテ集に、このカメラマンの名前が出てきたのである。草薙少佐が趣味のダイビングをして水面に浮かんでくるシーンの欄外に、この名前が書いてあったのだ。
 ネットでイメージ検索をかけてみたら、少ないが意外と簡単に見つかった。これは、写真としてなかなか良いイメージである。かなり記憶に残るのは確かだ。
 この時のテーマは記憶だったはずだか、やはり押井監督は元々「人間という物をあくまで物質として捉えていたのではないか」と感じてしまう写真でもある。

 ちなみにコンテには「湖中の女」と書いてあったが、グーグルではチャンドラーの方しか引っかからないので、カメラマンの名前で検索した。この「湖中の女」とは、どこから持って来たものなのだろう。ただ単に書いただけなのか?


2004年05月15日(土) 「トリビアの泉」は、視聴率が高

 唐突だが、ふろヰ道の会長の日記は定期的に読んでいる数少ない日記である。
 詳しくはhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~harehare/diarys/diary.htmを参照。
 これを読んでいると、「あれこそが本来の日記だよなぁ」といつも感心する。逆に言うと、私は本来日記に書くような事は何もしていないのに気付くのである。

 それはともかく、会長の5/5の日記より。
 『帰宅して「トリビアの泉」を観ていると「ジョン・ケージの4分33秒ネタ」を放送していた。(中略)、やっぱり世間的にはトリビアネタなんだろうか。今日の放送見たくりころびさん、また怒っとる様な気がしてならない事だなあ。』(「くりころび」って私のもう一つのHNだが、実はこちらの方を初期から使用しているのだ)
 これを読んで、笑ってしまった。確かに見ながら怒ってたもんなぁ。でも映像的には良かったので楽しめたのではあるが(こちらは私の5/6の日記参照)。

 しかし「トリビアの泉」は、もう視聴者の7割程が小学生だという。それだけ見ている絶対数が多いと言う事ではあるが、確かにこうなるとネタが弱くなろうというものだ。本来の一行知識というか雑学というか、そういう方向からは明らかにずれてきている。
 まあ今後は、ネタではなく映像で見せる事がメインになっていくのだろう。

 ところでこの番組で司会をしている「八嶋智人」は、「ガメラ3邪神降臨」に出ていたと、昨日LDで見ていて気がついた。結構長い時間で、しかも中山忍と一緒のシーンばかりである。いや、元々俳優だから別に驚く事でもないのだが、なんとなく。

 で、今日になって少しばかり過去の日記を読み返してみたら、なんだかんだと確かに憤ってばかりである。まるで社会に不満のある学生のようで、ちと恥かしい。題名を「はらだち日記」とか「いらだち日記」にした方が良かったかな。でもそういう題名って使われているしなぁ。そもそも「ときどき日記」とあるとおり、毎日書くつもりはなかったのだが…。
 やはり、こういうのはある程度勢いってものがあると、つくづく思う今日この頃であった。

 深夜に放映しているのに先日気付き、録画してみた「ウルトラQ〜dark fantasy〜」を見た。
 もう第5話で、「ヒエロニムスの下僕」というサブ・タイトルだった。まるでケムール人の話みたいなのはいいが、なんだかつまらない。
 何故かと考えると、どうも基本はホラーの演出なのだと気付く。それは確かに昔のオリジナル・ウルトラQも、ファンタジーやホラーっぽいのはあった。だがファンタジーは完全にファンタジーに徹していたし、それ以外のはベースに科学的な思考をするという約束が成立していたのである。
 つまり今回のウルトラQは「dark fantasy」というフレーズがわざわざメインタイトルについているだけあって、「科学的な思考」が薄い。思うにこれは、基本路線として「クトゥルー」のような雰囲気を狙っているのではないだろうか。
 でも今のテレビ界にクトゥルーは荷が重かろう。

 あとエンディングの歌、あれは勘弁してほしいなぁ。私は基本的に、テレビ・ドラマに歌は不要だという立場なのである。こども向けの番組の場合は、スタッフが真面目に考えて作ってあれば許すが、「サンダーバード」のようにオリジナルにない歌を後から加えるのは嫌いである。あれは番組を愚弄しているとしか思えないのだ。
 なによりウルトラQの場合、エイベックスが制作にタッチしているから、番組に合う音楽なんて考え方は、全然していないと思う。

 昼頃、第二対戦車ヘリコプター隊のAH-1SやOH-6が編隊で飛んでいた。しばらくしたら、また何機か飛んで行ったので何をしているのかとネットで調べたら、ニュースになっていたではないか。
 仙台の霞目飛行場へ向かったOH-6の一機が、落ちたそうだ。乗員は怪我ですんだとの事だが、落ちた場所は二戸の金田一温泉駅のそばで、国道4号と旧道の間である。つまり道路から10メートルほどしか離れていないのである。
 しかしあんな田舎の、よりによってあの辺では一番人家が密集しているところとは運が悪いというべきか。確かに一歩間違ったら大惨事という場所だ。それこそ太平洋の真中に飛行機が落ちたら、真下に漁船がいた、という感じである。まあ自衛隊は、米軍と違って必ず民家を避けようとするから、まだましなのだが。
 でもあれだと、落ちた瞬間を道路から見られたかも知れない訳で、その瞬間はちょっと見たかったかな、と不謹慎な事を考えてしまうのだった。

 しかし落ちた場所の住所が、ニュースによって違っているというのも困った物である。現場が慌てるほどの大惨事でもあるまいに。今のマスコミはどうなっているのだろう。
 しかもNHKでは、ローカルでも取り上げていない…。


2004年05月14日(金) 久々にUFOのニュース

 皇太子による先日の苦言について、宮内庁側の問い合わせに皇太子自ら「現在の湯浅長官時代の事ではない」というコメントを出した。まあ宮内庁の顔を潰さないという皇太子なりの配慮なのは明確だ。これは誰がどう考えたって、現在の話なのは明白だろう。
 それでも宮内庁は、何が何でも体裁を繕おうとする行動に出るはずだ。少なくとも現在の宮内庁に責任はないという結果を出すためには、最大限の努力をするが、これには当然事実の湾曲という事も含まれる。
 体裁を最大限の拠り所としている人間は、公務員だろうが民間だろうが、やる事は同じである。本当にこういう事には、あきれる程必死になるのだ。
 今回も長官が、皇太子の帰国後に会いたいと言っているそうだが、皇太子が海外での公務中だというのに、あえてそんな事を言い出すという事自体がもう狂っている。メンツを保つため「だけ」に必死なのが見て取れる。だからダメなのだ。
 宮内庁は誰のために、そして何のために存在しているのか、良く考えて欲しいものである。

 ところで「メキシコ空軍がUFOを撮影」というニュースがあった。でも相変わらずどこもかしこも「UFOではないか」という表現をしている。
 だからUFOは未確認飛行物体であって、円盤などの異星人の乗り物ではないのだというのに。
 飛行物体の正体が判らないからUFOであり、それは気球だったり国籍不明機だったり、あるいは鳥や雲など、とにかく正体が確定しなければUFOであり、判明すればそれはUFOと呼んではいけないのである。それは元々がNORADの軍事用語だからだ。
 仮に異星人の乗り物と判明すれば、それはその時点でUFOではなくなるのだから、マスコミはもう少しきちんとした表現を工夫すべきだろう。

 さて、結局民主党は小沢代表という事で決定するらしい。
 しかしこうなると、もう小沢の独裁政党になるのは確実といえる。この時点で担ぎ出したら、もう政策については誰も文句を言えないからだ。
 菅という人は、政敵がいればいくらでも攻撃して自分の存在意義をアピールできるが、それがなくなると、もう政治家としては無能なのである。国民やマスコミの空気を読めないようでは、どうしようもないではないか。小沢の方が、政治家としては遥かに怖い存在だ。

 会社の人から「攻殻機動隊」のリミテッド・エディションを借りた。作品自体は標準ディスクのLDで持っているが、今回は付属する絵コンテを見たかったのである。
 で、いざ開けてみると、絵コンテはハードカバーの豪華な物だ。対してDVD本体は、ケースすらなく、表紙にはめ込むだけである。今までバンダイで出していた豪華版DVDとは、明らかにスタイルが違う。一般に売れるというのは、こういう事なのだろう。
 しかし映像的にはLD版とほとんど変わらないのには驚いた。もちろんシステムの違いからくる差異はあるが、全体的には破格の美しさ、という所までは行っていない。
 いかにこのLDが丁寧に作られていたのかという証拠であろう。


2004年05月13日(木) スクール・オブ・ロック

 という訳で、「スクール・オブ・ロック」を観て来たのであった。

 意外と面白かった。いや、面白そうだと思ったからこそ観に行った訳なのだが。
 もちろんストーリーはある意味陳腐である。似たような話なら掃いて捨てるほどある、と思う。だが、それでも面白かったのである。
 未来はこれからの子供と、未来は終わっている中年のための映画である。

 とにかくこれは、非常に良く出来た「子供向け映画」である。その証拠にロックなのにいわゆる「下品な手つき」とか「下品な言葉」がまったく出てこない。これには驚いたが、ある程度は安心して子供に観せられる。
 そして「子供だましではない」のは、きわめて真剣に作られている事からも明白だ。スタッフがロックをきちんと理解しているのが、画面からも判る。

 さらにロックを捨てきれない、人生の敗残者である人のための映画でもある。映画の中で「人生は失敗するためにある」と言っているとおり、挫折した中年にこそ、この哀しさは判ると同時に、未来はこれからの子供たちにとっては、希望の映画でもある。
 つまり、決して青春真っ盛りの若者向け映画ではない。「コヨーテ・アグリー」なんかとは対象年齢が全然違う、ある意味、隙間商品と言えるかもしれない。

 子供の未来という点だけで言えばサクセス・ストーリーなのだが、ロックの敗残者である主人公の苦悩と楽しみという部分を観ると、中年になっても仕事とロックを両立させている連中にとって、この映画はつまらないのではないだろうか。つまり主人公が卑怯なのだと感じるのではないだろうか、という事だ。
 レッド・ツェッペリンすら知らない小学生を利用して、自らは教師と偽り、バンドを作るという、ほとんど外道のような人間の物語なのである。

 それでも子供たちにロックの歴史なども講義するあたりが、やはり観ていて楽しい事に違いはない。ただ単純に楽器の練習をさせるのではなく、「ロックとは何か」をきちんと授業で教えようとするのだから、中盤が一番楽しいとも言える。

 でも、当然ながら予定調和である。ライヴ・シーンは、親がロック世代でなければ成立しないが、そもそもこんな映画を観ている人間はロックが判っているはずなので、気にしてはいけない。
 ラストは「これからも明るい未来が待っている」的な終わり方だが、冷静に考えれば「未来はそんなに甘くないのは、主人公が判っているはずだ」と思ってしまう。
 だから、中年には哀しい映画でもあるのだ。

 しかし時間の都合で、旧ヨー×ドービル内にシネコンを作ったチーノという映画館に行ったのだが、やはり小さい。高さ3メートルのワンフロアを改装しただけなので、スクリーンが縦2×横4メートルという、昔仙台一番丁にあった名画座なみである。前の人が邪魔なのは当然だが、これで指定席制なのである。
 レイトショーという事で\1,000だったから我慢したが、やはり映画はいい劇場で観るものだ。
 余程の事がない限り、ここで観る事はないだろう。


2004年05月12日(水) 特にこれという事もなく

 アマゾンに頼んでいたユリイカ4月号が届いた。それはいいのだが、同時に頼んでいた「未来のイヴ」は在庫切れだそうで2ヶ月程度かかるとか。それって入荷しない可能性の方が高いのでは?
 ユリイカは「イノセンス」特集という事で、7割近くのスペースを割いている。ユリイカがアニメ作品にこれだけ割くというのは、実に珍しい。

 そしてカンヌ映画祭が始まった。
 今回押井監督の「イノセンス」がコンペティション部門に出品されている。最高賞はパルムドールである。
 まあいつもなら、いいところまで行くとしても受賞は難しいのだが、今回の審査委員長がタランティーノだという事で、期待は俄然高まる。タランティーノやジェームス・キャメロン、ウォシャウスキーなど、海外には押井フリークも多いのだ。
 いずれ、どうなるにせよ結果が楽しみではある。

 会社の近くに食玩を扱っている、とても小さな店がある。
 仕事の帰りに、今回初めて入ってみたのだが、エリス中尉(ミニスカート姿)が\7,000也…。田舎でそれはないだろう。多分当分の間売れ残っていると思うぞ。というか、それじゃ売れないだろう。田舎が都会より高い値段をつけて、どうする。
 そして特にコレという物はなかったのであった。つまらん。

 キャノンがアナログ・ビデオカメラの生産販売から撤退するそうだ。
 うちのカメラも壊れて久しいので、手持ちのハイエイト・テープの再生が出来ない。とりあえず何かにコピーしておかなければならないが、ハイエイト用のカメラがない事には、どうしようもない。現在はDVDにコピーしてくれる店もあるが、さてどうしたものだろう(誰かハイエイト用のビデオカメラを持っていないかな)。
 やっぱり自分の子供の小さい頃というのはかわいいもので、色々と記録に残したくはなる。でもうちの場合、ほとんどスチル写真しか撮らなかったが。

 さて、皇太子の発言を受けて宮内庁はオロオロしているようだが、宮内庁側の発言を見ると、本当に何も理解していないと呆れてしまう。
 『「人格を否定する動き」については「具体的なことは分からない」と述べた。』とあるが、あんなもの日頃のニュースを見ていれば、一般人でも容易に想像がつく。相手は今まで外務省のキャリアとして動き回る仕事をしてきたのだから、そういう事すら判らないようでは、頭が悪いのか、意地悪なのか、どちらかだ。
 今回は皇太子も苦悩しただろうと、かわいそうになってしまうぞ。

 さて、明日は「スクール・オブ・ロック」を観に行こうかと考えているが、時間的にかなりきつい。どうしたものだろう、と悩んでいるのであった。


2004年05月11日(火) 今日も暑かった

 こちらのニュースでの話題。
 昨年四月に行われた東北町議選をめぐる無投票工作事件なのだが、『青森地検は十日、公職選挙法違反(職務供与の約束)などの容疑で書類送検された、当時の与党会派「同志会」会長蓬畑金介議員(65)ら現職議員11人と元議員4人の計15人を起訴猶予処分とした。犯罪事実は認定したものの、「事件で主導的な役割を果たしていない」などと判断、訴追を見送った。』のだそうだ。まったく青森県というのはどうしようもなく権力者に甘い。

 これは無投票選挙をするために、現職議員全員で協議し、二人を転出届提出させて自動的に落選とさせ残りは自動的に当選、その見返りに助役選任を約束した事件である。
 まあ町民をなめた連中であるが、当時これに異を唱えた人間はいなかったのである。みんな仕方がないと発言していたのだ。だからいまさら怒ったところで意味がない。というか、あんたらアホですかとしか言いようがない。
 そういう事をした議員も議員だが、それは風土なのである。全員が共謀するなど、通常の議会ではありえない。それは議員どころか選挙民もそれを当たり前と思っていたからである。

 大体今回の不起訴にしても、青森地検では『いずれも共謀性が認められると判断したものの、犯罪行為の事実認定以上に、事件への関与の度合いを重視。刑事政策上の判断から起訴を見送った。』というのだから呆れる。
 これだとオウムの事件では、麻原は執行猶予にせざるをえない道理となる。なにせ直接手を下していないのだから。今回の判断は、刑法上の考え方はそれと同じなのである。青森の検察はかなり県民を愚弄している訳だ。

 まあ役人天国と言われる青森県だが、そもそも例の「住宅公社による14億横領事件」だって、信じられない事に、実は誰も責任を取っていないのである。それどころか公社のトップである副知事など、「利益も出したし、いい仕事をした」という極めて公務員的発言しかしていないし、もう調査は打ち切り、公社も解散である。14億などどうでもいいという事だ。
 これで判るように、青森で役人が絡んだ事件は、尻すぼみで終わる傾向がある。だれも責任を追及しないのだ。税金の無駄遣いを許しているという事に他ならない。

 中央紙の記者がこちらへ赴任しての感想は、いつも同じで「役人の、仕事に対する認識が低すぎる」と「交通マナーが著しく悪い」である。まあそういう風土という事だ。
 いずれにせよ、かなり呆れたニュースだなぁ…。

 そんなニュースを見ていたら、皇太子の記者会見要旨があった。
 これを見ると、今回珍しく(初めてか?)皇太子が宮内庁に対する不満を述べているように感じる。
 また皇太子妃を別荘で静養するのに、家族と一緒という事も異例中の異例である。このニュースを聞いた時、私は一瞬余命いくばくもない癌なのでは? と思った位だ。その位今回の処置は異例だったのだ。
 多分皇太子妃はかなり重度の鬱病なのだろうが、そこまで宮内庁は追い詰めた事になる。皇室ではない。強調するが宮内庁が、である。皇太子はそれへの苦言を呈したのではないだろうか。

 宮内庁は皇室の権威を守るためだけに存在している、ある意味世襲制の公務員集団だが、皇室とはいえ彼等だって人間なのである。少なくとも敗戦後は天皇も人間になったのだ。それなりの扱いというものがあるだろう。
 閉鎖的集団というのは、画一的な考え方しか出来なくなり、自壊するものだが、今の宮内庁とはまさにその危険があるのではないか。


2004年05月10日(月) 緊張、サッサー

 例によってのウインドウズを狙ったウイルス「サッサー」は、ドイツで逮捕者が出て解決、らしい。ニュースでは、25万ドルという賞金目当ての情報提供者がいたので捕まった、という書き方をしていた。

 だがこの時、マイクロソフト社とドイツ警察が裏付け捜査を行ったというのが、非常に恐ろしいではないか。マイクロソフトは、許可さえもらえば追跡調査が可能なのだ。たかが一企業なのに…。
 さらにXPの次のOSでは、音楽業界へ配慮したのか、MP3でダウンロードしたPCを追いかけられるようにするとか。本当に恐ろしい。プライバシーなど皆無である。

 例の輸入版禁止法案も、昔のようには良い作品が生まれなくなったという時代の飽和点に来ているのに、それを「レコードが売れなくなった」と勘違いしたバカな音楽業界が政治を動かして「残された利益を守る」ためだけに活動しているのであって、消費者の事はまったく無視している。
 いずれはマイクロソフト社と協力して「著作権を守るため」という偽の建前で、コピーを全面禁止するような気がする。もちろんウインドウズは定期的に個人のPCの中を検索して、「法律違反」をしている奴がいないかを調べるのである。今でもある程度はやっているという噂だったが、今回の事件でそれは確信に変わった。
 次に買い換える時は、XPも終わっているだろうから、リンゴ系にした方がいいのかも知れない。

 ところでついに菅代表が辞任するらしいが、予想通り小沢氏は党首になるのを固辞している。当たり前だが、まあこの人もスジが1本通っているからある意味判りやすい人だ。
 しかし本当に菅という人は政治的センスはないし、その上ずっと運にも見放され続けている。やはり政治家たるもの、運がいいというのも必須要素なのだろう。小泉首相などその典型で、近年まれに見る運のよさと言える。
 あとは国民が飽きてきた頃にどうなるか、であろう。
 ところで皇室って、やっぱり国民年金保険料は払っていないんだろうな。まあ別会計だし…。

 関係ないが、たまたま覗いた模型系のホームページで、そこのオーナーのプロフィールがなかなか面白かった。いや、別にユニークな経歴とか言うのではなく、生年月日が「戦艦大和が沈没してから11年7ケ月後に生まれた」というものだったのである。
 よく考えたら、私も「戦艦大和が沈んで12年後に生まれた」のである。田舎においてはまだまだ戦後を引きずっていた時代であり、またそれしか経っていなかったのだと思うと、妙に感慨深いものがある。
 別に「敗戦から11年8ケ月後」でもいいが、それではあまりに有名すぎる。インパクトではやはり「戦艦大和」であろう。こういう時は、あまり一般会話に出ないが、それでいて比較的メジャーな事柄をキーにするのがポイントなのである。

 昔はそうでもなかったが、現在では「ゴジラの3年後」なんてインパクト・ゼロだ。そもそもゴジラというと今では某野球選手の方が有名らしい。困ったものである。


2004年05月09日(日) 最近LDばっかり観ている

 どんぐり2号が日帰りで東京へ。いいなぁ。

 ちょっと調べる事があって、「海底軍艦」や「サンダ対ガイラ」を見たのだが、飛ばし見をするつもりだったのに、ついついじっくりと見てしまう。
 しかし初期のLDなので、画質は今ひとつである。やはりリマスター処理を施したDVDが欲しくなるが、噂ではオリジナルとは違う色合いになっているという。それはそれで困ってしまう。やはり今の目に合うように直してはいけないのだ。オリジナルに忠実に、その上で見やすくしなければいけない。本来、リマスター処理とはとても大変な作業なのだが…。

 それはともかく、「海底軍艦」では戦争を肯定する意見と否定する意見、両方をきちんと表わしている。つまりどちらの意見も認めているのであり、これは東宝特撮映画としては珍しい。
 例えば「イノセンス」は、「何処を切っても押井守」と言われるように、映画とは基本的に表現者の思考(なんなら嗜好と言ってもいい)が如実に現れるものだが、「海底軍艦」は1963年公開なので終戦後18年しか経っておらず、太平洋戦争を否定しない風潮がまだまだ強かったといえる。
 そんな中で神宮寺大佐(田崎潤)と元帝国海軍技術少将楠見(上原謙)がそれぞれ日本の優位、愛国心を持ち出し、神宮寺の娘である真琴(藤山陽子)は、残された者の苦悩を説く。この時代の両方の意見を出しているという点では、かなり「いい映画」だと言えないだろうか(最大の欠点は、マンダを出した事であろう)。

 そして旗中(高島忠夫)は、神宮寺大佐を「戦争キチガイ」と罵るが、これはある意味本質をついている。神宮寺とは戦う事にしかアイデンティティを見いだせずにいた、戦争の被害者であるが、それゆえ戦争がないと生きていけないのである(ところでこの映画、数回キチガイという言葉が出てくるが、DVDではどうなっているのだろう)。
 だからこそ「ムー帝国」が自分にとっても日本にとっても共通の敵だという事で、ラストへ向けての興奮する展開になっていく。この辺はアメリカが常に外部へ敵を求めるのと同じである。

 どうして東宝は、こういう特撮映画を作らずにゴジラにこだわり続けたのか、どうにも理解できない。映画はキャラクターが必要というのは判るが、実はゴジラのキャラクターほど扱いにくいものはないのである。だから現在までさんざん振り回されて、結局駄作しか作れていないのだ。
 素直に「空想特撮映画」を作っていれば良かったのである。

 それから「サンダ対ガイラ」であるが、あのメーサー殺獣光線車が出てくる事でつとに有名だ。歴史ある東宝の怪獣映画の中で、怪獣を撃破寸前まで追い詰めるという大活躍をした唯一の兵器なのである(最近のゴジラ映画は無視する)。

 しかし改めて見ると、やはりメーサー車は突然変異メカである。あたかも陸上自衛隊が普通に持っている戦車や戦闘機のように、何の説明もなく自衛隊の出動シーンに混じって突然出てくるのである。「地球防衛軍」のように研究陣が開発したなんて説明もなければ、後になって「こんな事もあろうかと」的な説明もない。本当に普通の兵器扱いなのだ。
 そういう点に注意してみると、結構不思議な感じがしてしまうが、あのメカを設定した人は、兵器という物の本質を理解していたのだろう。だから決して時間の都合でカットしたのではない、と思うのだが確信はない。

 本当はこの後「平成ガメラ・シリーズ」を見るつもりだったが、時間がなくなってしまった。そしてこの日記をアップしようとしていたら、どんぐり2号が新幹線に乗り遅れたと連絡してきた。なんだかなぁ。


2004年05月08日(土) うだうだ過ごす

 今日は朝に車のオイル交換をしにディーラーへ出かけただけで、あとはうちでうだうだしていた。
 ちょっとばかりLDで「ゼイラム」を見たら、やはり面白いのでつい「ゼイラム2」も見てしまった。今の目で見ると、映像的にかなり恥かしいシーンもあるが、低予算ながらスタッフががんばっているのが良く判るし、やはり森山祐子の存在は大きい。彼女の「イリア」というキャラクターは、当時のヒロイン・アクション物の中では群を抜いて光っている。
 しかし試しにネットで検索したら、「森山ゆうこ」と表記を改めたらしい。所属事務所も変わったため、公式ホームページがなくなっていたのはちと悲しい。

 そして白亜神家から借りた某音源を聴いてみた。
 音作りもしっかりしていて、結構ノリがいい。時代を考えると、宣伝さえしっかりしていれば、ある程度ヒットを狙えたのではないかと思う。ブリティッシュ系の音作りなので、意外と心地よい。
 そう言えば川井兼次氏もこういう感じの曲を作っていたなぁ。やはりある世代にとって、ブリティッシュ・ロックというのはインプリントされたものなのだろう。

 年金未納問題で進退問題まで発展してしまった民主党の菅代表というのも、つくづく政治家には向いてない人物だと思う。往年の森首相時代の失言騒ぎを思い出してしまう。
 そして民主党で菅代表が辞めたら「次は小沢氏」という声も上がっているが、とんでもない。本人にそんな気は全然ないだろう。自分の政党(自由党だっけ)を潰してまで民主党と手を組んだのは、選挙で小沢チルドレンと共に生き残るためであり、そもそも政治理念が違う政党を率いるなど、願い下げだろう。
 彼は、他の仲間のトラブルを丸抱えしたまま生き残るという、かなり先を見越した戦略から一緒になったのであり、だからこそ初めから党首をやる気はなかったのである。
 これから先どうなるのか、ちょっと目が離せないが、裏事情を聞かないと面白くはない状況になってしまったようだ。

 そんな夜、「たけしのこんなはずでは」なる番組でサンダーバードの番宣を兼ねたメカ特集をやるというので、子どんぐりと見た訳である。
 しかし話の展開にかなり強引なところがあるのは、最近のテレビ界の特徴か。あれでは知らない人は信じてしまうだろうに。コンコルドの始祖が安倍晴明まで行くのはどうかと思うぞ(ig-15をMig-21と紹介するのもどうかと思うし)。
 そもそもコンコルドとツポレフTu-144が似ているのは単に旧ソ連が設計図を盗んだためだし、ロッキードB2707の原案が似ているのは、そもそも超音速機の実験データがXB-70をベースにしてあるからに他ならない。つまりどれもXB-70に似ているというのが正しいのである(関係ないが、Tu-144を作ったのが「ボロネジ航空機工場」というのには、ちょっと笑ってしまう)。

 そして肝心の夏公開の映画版サンダーバードであるが、そもそも映像的に不安がある。今さらストーリーには期待などしていないが、映像もダメだと意味がないではないか。ペネロープ号は空を飛ぶし…。まあ今回、ロールスロイスの協力が得られず、フォードの車輌をベースにしているというから、その時点でダメなのだろう。
 ま、アメリカ製リメイクには、期待する方が間違っているのではある。


2004年05月07日(金) エリス中尉とコルチャック

 某所で拾った、最近のエリス中尉(ガブリエル・ドレイク)とフォスター大佐(マイケル・ビリングトン)の写真である。

  http://www.isoshado.org/isoshado2/ellis/ellis033.jpg

 フォスター大佐は最初、スティーヴン・セガールかと思ったぞ。ちなみにこの人を最後に映画で観たのは「007私を愛したスパイ」だったなぁ…。
 でもエリス中尉は、老けたとは言え、いい老け方だと思う。結構な年のはずだが、体型もくずれていない。これに比べてレイク大佐(ワンダ・ベンサム)は…。かわいそうでちょっと出せないなぁ。まあ私はエリス中尉派なので、気にはならないが。

 イギリスやイタリアでは、いまだにUFOやスペース1999のコンベンションをやっているのが羨ましい。
 そんな中でも、コナミの一連のシリーズは評判らしい。特にUFO関係は、あの小さいサイズでこれだけのクオリテイなのだから、ファンにはたまらないのだろう。当然私もだが。

 マニアックなファンが多いテレビ番組というのも、60年代〜70年代に集中して作られたが、「事件記者コルチャック」もその一つだ。怪奇事件ばかりを追うハメになる新聞記者の話だが、大塚周夫氏の吹替えの魅力と相まって、かなり楽しい作品である。
 当然私も全話LD-BOXを持っているが、そのパイロット版LD(1971年と1972年の二話とも収録)も持っている。
 パイロット版は吹替えがないため、ダレン・マクギャビン本人の声で見るしかないのだが、やはりこの番組は、大塚氏の声の魅力(つまり演技も含めて、である)によるところが大きいと、改めて思う。多分日本のコルチャック・ファンは世界でもっとも恵まれた放送を見たといえるだろう。
 そしてテレビ・シリーズの全話LD-BOXも、失われた音声を大塚氏本人の新吹替えで補い、鬼のようなチャプター、解説書という、まさにマニア泣かせと言えるアイテムだ。いずれはDVDで出るかも知れないが、その際はデジタル・リマスターをきちんとやってもらわないと買う意味がない、と言い切れる程にできのいいBOXである。

 なんでいきなりこんな話を書いたかというと、突然LDを引っ張り出して見てしまったので、興奮してしまったのであった。

 ところで舞台になったシアトルという町は、1889年の大火の後、都市計画で都市全域を3メートルかさ上げして現在に至るというのは驚きである。パイロット版に出てきたアンダーグラウンド・ツアーというものは現在でも行われており、観光客を楽しませているのだそうだ。
 しかし町の下にさらに町があるって、不思議な感覚だ。


2004年05月06日(木) やっぱりガバが好き

 昨夜の「トリビアの泉」での「トリビアの種」が映像的になかなか良かった。
 テーマは「日本刀と銃はどちらが強い?」という、まさに知能程度が知れるものだが、それをああいう映像にしてしまったから面白い。テーマ的にはバカだが映像的には素晴らしい。
 ラストで、刀に当たった弾頭が、バックにふたつの穴を開けたのには感動してしまった。これは純粋に映像として楽しい。

 しかし、銃と言っても色々な種類があるように、弾丸自体も色々な種類がある。
 銃の設定をガバメントにしたのは、まあ納得できるが、弾丸がセミワッドカッターというのはどうかと思う。見る人が見ればその時点で勝負は判るとおり、この弾頭では日本刀の敵ではあるまい。
 少なくとも刃こぼれさせるためには、フルメタルジャケット以上の、KTWなどのアーマーピアシング(超硬質素材のタングステンやカーバマイト、劣化ウラニウムで弾頭本体のリードをコーティングした徹甲弾)が必要だろう。それをデザートイーグルあたりで撃てば、少なくとも刃こぼれ程度は期待できる。
 そういう意味では、色々な弾丸で試して欲しかったが(このコーナーは、一発勝負というのが欠点である)、いずれにせよ、日本刀の素晴らしさをアピールした映像である事に間違いはない。

 あとは、18時間のピアノ曲(ヴェクサシオン)がサティというのには驚いた。ただの18時間ならあるかも知れないと思ったのに、よりにもよってサティである。どうするんだと見ていたら、ただの嫌がらせではないか。楽しいなぁ(ちなみに、最初に完奏したのはサティ本人たちだとか)。
 続けて紹介したのが「4分33秒」だったのには白けたが。やはりここは順序を逆にするべきだったろう。
 この番組は、全体にレベルが低いが、時々見るべきものがあるので目が離せないのである。

 ところで、ウィンドウズという欠陥ソフトを狙った危険度の高いウィルスがまたもや話題になっている。今度はメールを開くというステップなしで感染するとか。恐ろしいなぁ。
 でもどうしてこんなにウィルスが多いのだろうかと考えてしまうが、やはりこれはあれか、「風邪は人にうつすと治る」というやつか?


2004年05月05日(水) 休みも終わり

 4日間の休みも終わりである。
 午後になって「ファントム・オブ・パラダイス」を見た。やはり面白い映画である。でもジェシカ・ハーパーはサスペリアの方がいいなぁ、とか思ったりする。

 ところでこの映画のラスト間際にある狙撃シーンで、ここで使用した銃は実在のものではないのは判っており、昔見た時は「トンプソンのレシーバーにガバメントを装着した物」だと思っていた。
 だが、今回改めて良く見ると、レシーバーはトンプソンのように見えるが、エジェクション・ポートの形が全然違う。そしてガバメントと思っていたフレームも、マガジン・キャッチがフレーム下部でマガジンを固定するタイプ(P-38のようなタイプ)であった。これは一体なんだ? 何かのおもちゃを改造したのだろうか。
 まあこの映画を観て、こんな事を気にする人間なんて、世界中に10人もいないのではないだろうか、と我ながら呆れてしまったが。

 ついでに「イノセンスの情景」も見る。これは映像のあるサントラ、MTVのようなものだが、人物が出てこないし、実際の映画のシーンとは無関係に編集されているので、意外と楽しい。
 しかしこれを見ていると6曲目がラストの大戦闘シーンのBGMとはとても思えないから、何も知らない人に見せたいと思ってしまう。

 で、これを見ていて「ユリイカ4月号(特集=押井守イノセンスのゆくえ)」も買わなければならないか、と考えてアマゾンで頼んでしまう。ついでに検索したら創元の「未来のイヴ」もあったので一緒に発注する。
 しかしこのアマゾンでは、ある商品を買った人はこういう商品も買っている、と紹介するのだが、「未来のイヴ」を検索すると押井関係の商品が次々と出てくるし、押井関連の商品を検索すると、絵コンテに載っていた参考資料が次々と出てくる。
 やはり今回は、映画の影響が大きかったという事か。
 でもこういうのを見ていると、発注するのがちょっとだけ恥かしくなってしまうのだが…。

 さて、ニュースではイラクでの米軍による虐待(拷問)というニュースが報じられているが、軍隊とはどこの国のものでも、大規模になれば必ずそういう事が起こるものだ。そもそもこれは、別に軍に限った事ではなく、どんな組織でも(警察だろうかヤクザだろうか)ある程度の権力を持ってしまうと末端では必ず起こる。
 だから私は軍という組織は嫌いなのであるし、警察も群れをなした場合は信用できないと言っているのだ。
 いずれ大量の虐待(拷問)があるという事は、必ず死人が出る。これは尋問のマニュアルは、個人の体調とか体力とかを考慮していないから、同じ事をしても死人が出る可能性があるからだ(日本の警察でも尋問中に人が死ぬという、あれだ)。

 今回のイラクの件では、どこの国のメディアも軍隊はそういう物だという認識があるからこそあれだけニュースで取り上げる。そうしないと限りなく暴走するのが判っているからだ。それは旧日本軍とて同じだったではないか。
 前から言っているが、完全にエリートだけの軍隊など存在しない。末端は使い捨てをする必要があるからで、結果として権力を得たと勘違いする馬鹿者が暴走するのである。
 これはどんな組織でも同じだからこそ、メディアは暴走を監視しなければならないのだが…、特に日本のメディアはあてにならないなぁ。

 ハンセン病元患者の宿泊拒否問題で、熊本県南小国町の「アイレディース宮殿黒川温泉ホテル」が5月5日で廃業するという。
 しかしこれはホテル側が完全にちゃぶ台をひっくり返した形で、マス・ヒステリーへの対応としてはこうせざるを得なかったとも言える。そもそも日本中がバッシングして罰金刑までいったホテルが、以後やっていける訳がない。
 色々な人が「差別問題の本質が分かっていない」とか「根本的な問題解決にはつながらない」なんて言っているが、ああいう攻め方をしたら接客業を営む経営者としては廃業が一番楽なのである。
 そもそも接客業だって、利益を出すべき会社なのである。どんな企業でも「安全第一」とか「お客様は神様」なんて言っているが、突き詰めれば本質は利益が出るかどうかなのである。ここが民間と公務員の一番大きな違いなのだ。
 民間会社を責める時は、そういう事も考えて行わないと、今後はこういう「チャラにする」という風潮が流行るのは必至であろう。


2004年05月04日(火) テーマはリラダンかぁ

 「イノセンス」のオープニング、ハダリの瞳の中のあれって、実はフェイクの可能性があるようだ。
 実際は瞳の中にある「Villiers de l'Isle-Adam」の文字、つまりヴィリエ・ド・リラダンがキーらしい(「未来のイヴ」の作者ね)。いずれにせよ、これがこの作品における「押井監督自身のテーマ」なのは間違いないところだ。

 これに関連して、松岡正剛氏が自身のHPで「未来のイヴ」について触れ、「押井監督のリラダンへの敬意は本物」とか「『イノセンス』――。これは21世紀の押井リラダンが掲げた映像音響版『未来のイヴ』なのである。ともかく、ともかくも、脱帽。」とか、押井監督を褒めまくっている(ここで音響も褒めているところが、この人は判っているという証拠だ)。
 どうもリラダンに関して、押井監督のこだわりは半端ではなかったようで、これは迂闊だったと反省する事しきり。大分前から一度は読んでみたかったのだが、やはり「未来のイヴ」と「イシス」は、全てのアンドロイド・ストーリーの要として読んでおかなければならないようだ。1990年代中頃に創元ライブラリから廉価版が出た時、買っておくべきだったか。

 しかしこうして見ると、「攻殻機動隊」と「イノセンス」のテーマは、ベクトルが反対であるが、題名は「イノセンス」ではなく「攻殻機動隊2」にするべきだったと思う。これは二作品合わせて初めて一つのテーマの集大成となっているし、映画としての構成も、完全に二作品で一つになっているからだ。
 前作が売れなかった日本において、売ると考えた場合は「イノセンス」で良かったのかも知れないが、映画というスタイルの作品で考えると、「1」と「2」でなければ不自然であろう。
 そもそも押井ブランドが定着している海外での公開名は「GHOST IN THE SHELL 2」なのである。

 ついでなので、「イノセンス・絵コンテ集」のインタビューについて、もうひとつだけ。
 実はここで、「なぜフルCGIで人間の描写が上手くいかないのか」、つまりは不自然なのかについて、押井監督なりの解答と思われる意見が載っていた。今回人間の部分をすべてセル風に二次元にしたのは、ちゃんとした理由があったのである。
 それは結局、映画のシステムは24コマ/秒だからなのである。つまり24コマという間引きされたフィルム上では人間の動きも間引きされ、アニメーションではそれを補完するために誇張した動きにしていたのであり、単にモーション・キャプチャーでトレースしたデータを元にフルCGI化しても、間引きされたデータは補完できないのである。何か不自然だと感じていたのは、これだった訳だ(だから単純な動きやメカだと、比較的容易に補完されて自然に感じるのだ)。
 やはり人間の認知能力というのは凄いと改めて思うと同時に、それをなんとか自然に認識させようとしていた過去のアニメーターというのも凄いものだと感心する。

 ちなみに雨や銃のマズル・フラッシュも24コマ/秒では捉えにくいので、どんな映画でも一工夫している。逆に言うと、小雨程度だとちょっと引けば、画面には写らないのである。


2004年05月03日(月) またもや三沢

 子どんぐりの要望により、三沢の航空科学館へ行く。
 とにかく、予想はしていたが混んでいた。特に小さい子供を野放しにしている親が多いのは困りものだ。事故があってからでは遅いのだがね。
 そしてここの料金は、小中学生が無料なのはいいが、大人が\500というのは暴利だ。普通小学生程度には親は付き添いであり、入場料を払ったのに見合った楽しみ方はできないものである。やはり子供連れの場合は安くするべきだろう。
 それとも、親が元をとろうと子供を野放しにしているとでも言うのだろうか。あり得る話かも。

 そして屋外にはF-104やT-2、F-1等が置いてあったが、エアインテークやジェットエンジンのノズルが完全に密閉されており、まったく中が見られない。これでは何のための実機展示か判らないではないか。モックアップと何が違うという話になってしまうのだ。
 少なくともカバーをするなら、仮に中をまったく見られないようにしてあるとしても、ダクトカバーを付けるなど、雰囲気に配慮すべきだ。そういうセンスすらないようでは、航空科学館と名乗る資格はない。
 三沢という場所にありながら、ここを管理している人たちは利用者が何を期待しているのかまったく理解していないようだ。

 帰りにはタワーレコードに寄る。
 黒田亜樹の「タルカス&展覧会の絵」が、もしかしたら入荷しているかもしれないと思ったからだが、これは予想通りであったので購入した。
 そして本屋で新映画宝庫Vol.9「メカフリークス・メカフェチ映画大図鑑」を見つけたので、これも買う。だがこちらは思っていたよりまともな映画紹介本であった。つまり一般の人でも読める内容であり、私的には少々物足りないのも事実であるが、「海底軍艦」と「サンダ対ガイラ」を、メカ映画としてきちんと評価しているので、まずは良しとしよう。


2004年05月02日(日) 二戸の馬仙峡

 子どんぐりの要望で、二戸の馬仙峡へ行ってみる。
 二戸駅近辺は科学館を含めて何度も行っているが、今まで馬仙峡展望台への行き方というのが良く判らなかったのである。今回は駅周辺から探し始めて、なんとか展望台方向への道が判り、走ってみると道が狭くて勾配が急という、絵に描いたような山道である。
 そして展望台に着いてみたら意外と小さい…、のであるが登ってみると本当に崖の縁である。手すりも低く、人が歩くと全体が僅かに揺れる。こりゃ後ろから押されたらアウトだよ。はっきり言って、恐怖心が先に立つ構造だ。

 そしてその下から男神岩、女神岩へと続く二本の道がある。かなり急な下り坂だがまず男神岩の方へ行ってみると、途中に「立入禁止・ここから先は自己責任で行動してください」という、まるでイラクを巡るどこかのような看板が…。で、ふと先を見ると幅は2メートルもない道がありしかも両側は断崖絶壁である。そこを10メートルほど行くとその先が目指す地点であるって…、ちょっと待て、これが観光客相手の場所か??? 歩いている途中で地震でもきたら、確実に死ぬぞ。そもそも足を滑らせたら死ぬという、恥かしいほど典型的なドラマの演出にぴったりではないか。
 流石にここを見たら死んでもいいという心の準備が出来ていなかったので早々に諦め、女神岩へと向かうが、こちらもほとんど変わらない状況である。柵とかロープとか張れよ、と子どんぐりと憤りつつ現場を後にしたのだった。
 少なくとも足腰が弱い高齢者には無理だし、高所恐怖症の人も無理だ。そもそも普通の人だって、かなり危ないのは事実である。行くならカメラバッグは持たない方が良いと思う(それは自分か)。

 しかしこの時、写真を撮ろうとしたらまた日付けがおかしい。リセットして何枚か撮ったら、また日付けが初期値に戻っている。何かがおかしくなっているという事だろうか。ひぇ〜。

 昨日買った「イノセンス・絵コンテ集」を一通り読んでみた。相変わらず手の内を晒しまくっており、面白い。これでいくつかの謎が氷解した(大した謎でもなかったのだが)。
 そして最大の謎だった「オープニングの瞳の中に写っているもの」も、インタビューから判ってしまったが、あれを読んで判らない奴はいないだろう。
 でも本当は、瞳の中に何もないと透明感が出ないから、とりあえずなんでもいいやという感じでアレを入れたらしい。いかにもこの人らしい話だ。
 本当にこの本は、「イノセンス」を観て、技術的演出的に理解したいという人には必携の書なのは間違いない。問題なのは、昨日も書いたがフィギュアを付けたおかげで価格が異常に高くなってしまったという事である。押井監督作品を研究する人間にとって、フィギュアなどどうでもいい事なのである。
 銃器のミニチュアだったら別なのだが…。

 銃器といえば、色々なニュースで、兵庫県警の警察官が不審なパジェロに7発発砲して取り逃がしたというネタを取り上げていた。
 そもそも7発も撃った弾がすべて無駄という事は、跳弾などの二次被害の方が恐ろしいではないか。大体にしてタイヤを狙ったというが、現在の一般警官の射撃訓練では、走行車輌のタイヤに当てるなどまず無理だろうし、そもそもタイヤを撃っても意味がないのである。

 現在、護衛任務のテキストには、「拳銃程度でタイヤがバーストするのは映画の世界だけである。向かってきた車輌のタイヤを撃っても意味がないし、撃たれた場合はとにかく走り続ける」とある。
 ましてや今回の相手はパジェロである。そう簡単にタイヤがバーストするはずもないではないか。しかも日本の警察の弾丸は、基本的に弱装弾である。タイヤを撃っても何の効果も得られないのは当然である。
 やはり日本の警察というのは、危険な物を持っているのに、あまりにも常識がなさ過ぎる。
 なんとかしてくれ〜。


2004年05月01日(土) 朝からグリペン

 今日も粗仕事。
 まったく、全土曜変則出勤という訳の判らない事をしているもんだから、仕事が片づかない。なにせ担当者が休んでいる支店もあるので、処理ができずどうしようもないのである。ま、いっけどさ。

 朝にニュースを見ていたら、いきなりグリペンが出てきたので何かと思ってしまった。
 実は、本日付でEUに加盟したチェコが、空軍で使用していたMig21の耐用年数が経過したのでSAABのグリペンにするというネタであった。もちろんスウェーデン製の戦闘機である。なかなかいい選択であろう。
 当然アメリカ製の機体も候補に入っていたが、アメリカ主導から外れ、あくまでヨーロッパ主導の防衛組織とするため、あえてSAABの機体にしたのである(トーネードは可変翼なので、機体整備に金がかかるのだろう)。
 だがそれ以上に、アメリカ製の武器を買うと、将来政治的な意見の相違があった場合に消耗品の供給をストップされる可能性があり、結果として政治への介入を招くという危惧もあるのだ。
 日本のようにアメリカの傘に入ると決めている政府ならいいが、そうでない場合に武器の選択というのは、独立性を保つために意外と重要なのである。
 例えばフセイン以前のイラクは金にあかせてF14を70機買ったが、政権が変わると同時にアメリカは部品調達や整備を止めたため、結果として飛べる機体はゼロになった。そういう例もあるとおり、軍需産業はその国の政治と密着している。だからその国の現用兵器を見ると、政治的傾向が判るのである。

 ところで今日、「イノセンス・絵コンテ集」を買ったのだが、フィギュア付きで\3,800である。フィギュアなどいらないので、これは高いと思う。
 絵コンテは押井自身が書いたもので、演出の意図が良く判り、非常に参考になるのだから、本単体で安く売るべきだろう。そういう意味でもパトレイバー2の絵コンテ集「Method」は、本当に素晴らしい内容だった。
 しかしこれほど自分の手の内をさらしている監督というのも珍しいと思うのだが、どうして若手はこれを参考にしないのだろう。不思議だ。


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